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※not監督生


アルアジーム家の次期当主との顔合わせは婚前儀式で行われた。
屋敷に到着するや否や有無を言わせず服を剥がされてアルアジーム家で用意された花嫁衣裳に袖を通す。
目が痛くなるほどの純白なドレスの生地は全てシルクで作られ、裾にはフリルがあしらわれている。
代々伝わると謳われたティアラには煌びやかな宝石が惜しみなく散りばめられており、彼がどれだけの豪商か理解できた。
目が眩むほどの輝きに、自分の現状が明確になったのもこの時だ。
使用人がベールを被せる。顔が隠れたその瞬間、もう逃げ場がないことを悟った。薄い布切れ一枚で私の活路は経たれてしまった。

熱砂の国の隣国で私は第三王女として生を受けた。
上の姉二人は若くして嫁ぎ、あろうことか国の相続権を放棄。血族が見離すほど国は豊かではなかった。
長期にわたっての干ばつが続き、畑の作物は育たず、財政難となった後に国民は飢餓状態に陥る。
生と死の狭間で国民の心はどんどん荒んでいき、やがて行動は暴力的に。
明日の食糧を奪い合う乱闘で死人が出てるのも珍しくなかった。
国を収められなくなった国王は頭を抱え、神に祈った。
私もあらゆる手を尽くした。城の備蓄していた食糧を分け与え、同盟を結んだ国にも助けを求めた。

しかしみんな言うことは同じ。
『干からびた国にしてやることはない』と。

友好的だった国はすべて掌を返し、絶望の淵へと追いやられた。
人というものはこうも簡単に裏切るのだ。

そんな中、唯一救いの手を差し伸べたのが熱砂の国。
由緒正しい王族のアルアジーム家の時期当主であるカリムだった。
彼は魔術で国を救う代わりに私を嫁に寄越すことを条件とした。

王は藁にもすがる思いで条件を呑んだ。
娘には何も話さず、ふたつ返事で。





「いつまでへそを曲げている」

式典当日。
澱んだ気分とは裏腹に、国は祝福ムード一色に染っていた。
案内された控え室にはいつの間にかカリムの従者であるジャミルと二人きりである。
誰の問いかけにも反応せず、結婚を祝う民衆の群れを眺めている私にしびれを切らしたジャミルは強引に肩を掴んで立たせた。持っていたティーカップが絨毯に落ち、茶色い液体がこぼれる。

「お前とカリムが結ばれることで国が救われる。もっと喜べ」

嫌でも突きつけられる現実。
これで私の国は救われる。カリムの魔法で恵みの雨が降り、忽ち作物は実り、国民は「奇跡だ」と口々に言うだろう。
私は裕福で潤った国の第一王子と祝言を挙げる。例え政略結婚という形であっても、それはとても喜ばしく、めでたいこと。
それでも喪失感がぬぐえないのは、ジャミルに対するある感情を抱いているから。

「あなたが好きだった」

漏らした言葉にジャミルは微かだが反応を示した。
彼とは昔馴染みの仲で、城を抜け出してはよく熱砂の国を案内してくれた。
まだ幼かった私は自分の国以外で見る物すべてがとても新鮮だった。
ジャミルは私にたくさんの知識を与えてくれた。
王室で机にかじりついて受ける授業よりも遥かに面白くて興味を誘った。
晩餐会に招かれたときはアルジアームの王宮を探索したこともあった。
そこでカリムとも顔を合わせたが、記憶にはジャミルと過ごした日々のほうが鮮明だった。

「気づいていたでしょう」

子どもながら結婚の約束を交わしたのを覚えている。
なんの効力もない即席の愛を、今でも有効だと信じていた。
彼の中で息づいている、私と同じように思っていてくれてるのだと。
でもそれは全くの幻で、所詮口約束など何の当てにもらならない。

「お願い、連れ出して」

薬指にはめられた偽りの誓いも、有り余る巨万の富も財宝も、いらない。
欲しいのはただ一つだけ。どうか差し出した手を取って応えてほしい。
ベールで被われた視界の向こうにジャミルの姿が歪んで見える。
褐色の手が婚約指輪に触れ、抜き取ろうとする動作をしたその瞬間。

「なまえ!準備できたか?」

勢いよくドアが開かれカリムの能天気な声が響き渡る。
ジャミルは慌てて手を引っ込めて私から視線を逸らす。最後の望みが絶たれた。
そう悟り、私も伸ばした手を元の位置に戻す。何も知らない花婿殿は花嫁衣裳姿を見て称賛の言葉を並べる。
取り繕った笑顔を張り付けるが、溢れる滴を抑えることはできなかった。

「どうしたんだ!?どこか痛むのか?」
「いいえ、カリム。私、嬉しいの。あなたと夫婦になれることが」

悲しみの縁に打ちひしがれる時でも容易く言葉は紡がれることを知った。
私はこの先、こうして嘘を塗り固めて生きていくことになるのだろう。
罪悪感と虚無感を味わいながらこの国の地で骨を埋めるのだ。

ならば、ジャミルも同じ罪を味わえばいい。
何年も、何十年も、その後悔が続けばいい。

「お幸せに」

ジャミルが発した最後の言葉に私は静かに微笑みを向けた。
彼の身の不運を呪詛し、差し出されたカリムの手を取る。
絶望へと続く階段を、ゆっくりと、しかし確実に、登り始めた。
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