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「はあ!?…入居者募集?マジかよ」

玄関ポストに貼り付けられた『入居者募集』のテープを見てオレは愕然とした。
外はさみいし荷物はあるし…背中には酔い潰れた女ときた。
どうしろってんだ、コレ。



事の発端はつい1時間程前。
特にやる事もない休日に飽きたオレは勤務中の黄瀬を冷やかしてやろうと店に寄った。
思ってたより混んでいる店内を見渡してから黄瀬のいるカウンターに目をやると、酔い潰れたのか女がテーブルに突っ伏してやがる。
…めんどくせえ。
ピクリとも動かねえ。
さっさと酔い覚まして帰れよ。
面倒事に関わる前に帰ろうと思ったオレを呼び止めたのは黄瀬。
小さく舌打ちをしてからタダ酒してやるかと仕方なくカウンターに足を進める。
女は相変わらずテーブルに頬を着けたまま。
そいつの目の前に黄瀬が差し出したのは…スカイダイビングか、真っ青な液体がライトに当たって光った。
こんな状態でもう飲めねえだろ。
何の気なしに女の方を見れば、気怠そうにしながらぼんやり虚ろな目でカクテルを見ている。
なんかエロい。
そんなクソみたいな事を考えてるうちに女はのっそりと起き上がって始めの一口をゴクリと飲み込むと、アホかと思うくらいの勢いで酒を煽った。
慌てた黄瀬の声とオレの罵声が響く。
「ああ!ちょっと!!」
「ッおい!バカかお前!」
コイツ、マジもんのバカか。
潰れてんのに更に一気するやつがあるかよ。
十分酔ってやがったっつうのに自分でトドメ刺しやがった。



「だーいじょーうぶ、ぜーんぜん」
いや、大丈夫じゃねえだろ。
めんどくせえ事になった。
完全に酔っぱらいじゃねえか。
そこらのオヤジより質が悪ぃ。
黄瀬が肩を竦めてこっちを見てきた。
「これ、全然大丈夫じゃないッスね」
「おい黄瀬、お前の知り合いか?」
「初めてのお客さんッスよ」
「どーすんだよコレ」
「え、頼みますよオーナーさん」
「お前、こういう時だけ調子いいヤツだな」
オレは今日は休みだっつの。
だから面倒事は御免だって…
黄瀬を睨み付けていると、さっきまでヘラヘラしてた女がまたテーブルに突っ伏したと思ったら今度は突然泣き出した。
マジなんなんだよ、この女。
益々めんどくせえ。
「っう、うう…」
「あ?おい、どうした」
「フラれた」
「は?」
「クリスマス前にフラれるし、ピヨ子とピヨマツ死んじゃうし、うっ、」
「なんだよ、ピヨ子とピヨマツって…」
「知らないッスよ」
「キモイ先輩に絡まれるし、女が家に押しかけて来るし」
「う、うわぁ…」
「…修羅場だな」
「全部、持ってっちゃうし…飽きたって、言われるし…家も仕事も棄てたし…こんな私なんか、も、野垂れ死にするだけ…」
「は?ジョーダンだろ」
家も仕事も捨てた?死ぬ気かよ。
このご時世にそんなブッ飛んだ話あるか。
にしても酔っ払った状態でかますジョーダンにしては饒舌過ぎる。
この心底面倒な状況をどうしたもんかと足りねえ頭使ってみてもいい案なんか浮かばねえ。
家族でもなんでもいいから迎えに来てくんねえかな。
一応オレはこの店の偉い立場にいるわけだし、こんなゴタゴタが赤司にバレる前になんとかしてえ…っつってもどうやって…
いかに上手く切り抜けるかと悩んでると、その元凶である女が急に立ち上がった。
「私もう何も持ってないし、ていうかもう何も要らないし」
「おいおい、立って大丈夫かよお前」
「もうこのバッグも要らない」
「は?」
「あんなヤツに貰ったバッグなんかッ要らないんだから!」
「うおッ!投げんな!危ねえ!」
「お金も必要ないもん」
「お、おい、何ばら撒いてんだよ!」
「おにいさん、このお金で飲めるの全部ちょーだい、通帳もあげる」
「ええ!?通帳って!何言ってんスかこの子!」
「暑い…服も要らない、脱ぐ」
「「はぁ!?」」
「脱ぐ、暑い、」
「ば、バカ!マジ何やってんだ!」
「やあだ、離して!脱ぐ!」
「落ち着け!お前酔い過ぎだ!」
「脱ぐ!どーでもいーの、もう」
「止めろバカ!」
「じゃあ脱がして!暑い!」
「なッ!はぁ!?」
「ぬ、脱がして!?ええっ!?」
「おい黄瀬!押さえろ!」
「分かってるッスよ!」
「ッ寂しくなんか…ないんだから…も、ぜんぜん、………」
「「…落ちた」」
「どーすんだよ、コレ」
「はぁ…知らないッスよ」
…最悪だ。



店内の客がざわざわし始めた。
そりゃこんな派手な酔い方すりゃ当然だ。
なのに当の本人は腹立たしいくらい爆睡してやがるし、黄瀬も関わりたくないオーラ満載だ。
っつっても、さすがに仕事中のコイツを駆り出すわけにもいかない。
「…」
「青峰っち?」
「とりあえず家まで運ぶか」
「え!持ち帰るんスか!厭らしっ」
「ッバァカちげえよ!この女の家だボケ」
「青峰っちならやりかねないッス」
「お前な」
怒鳴る気も失せた。
とっとと運んじまうか。
オレは女のバッグを漁って保険証を探り当て裏に書かれた住所を見て、散らばった荷物をかき集めてバッグに放り込む。
そして女を背中に担いで黄瀬を睨んだ。
この野郎、ヘラヘラしてやがる。
「青峰っち!後はよろしく!」
「うっせ!てめえはその分チャキチャキ働け」
「りょーかいッス〜」
「ッチ」



顔、並。
体、並。
性格、知らねえけどとりあえず酔ったらめんどくせえ。
…ねえな。
残念だったな黄瀬、持ち帰る男の気が知れねえわ。
タクシーの後部座席、オレの隣でグースカ寝てる女を見て溜め息。
タクシーのオッサンはバックミラーでちらちらとこっちを気にして見てきやがる。
なんもしねえよ、期待すんなエロオヤジ。
目的地に着いたらさっさと金を払い、女を背負って居心地の悪いタクシーを脱出。
部屋番を確認して部屋まで着けばオレの仕事は終了だ。
コイツを部屋に放り込んでオレは帰って…




「はぁ!?」
部屋番、間違ってねえ。
勿論住所も建物も合ってる。
どうなってんだコレ。
『家も仕事も棄てたし』
女が言ってた言葉を思い出した。
あんなん普通ジョーダンだと思うっつうの。
マジだったのかよ。
肩に乗る女の顔を間近で見やれば眉間に皺を寄せて寝ている。
あーあー、不幸せが面に出てんぞ。
ったく、面倒なもん引き取っちまった。
だからってまさかこの場に放り捨てるわけにもいかねえ。
暫く考えて…
「…はあ。とりあえず今日だけだかんな」
そう独り言をぼやいて目的地を自宅に定めた。

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