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「苗字、資料持った?」
「勿論!忘れ物なし!」
「よっしゃ、さすが!んじゃ、行きますか〜」
「うん、行こう!」

いってきます!と二人声を揃えて事務所を出る。
今日は高尾と二人、とあるチームの初取材の日。
基本的には二人で臨む取材だけど、主には私が選手への取材に専念して、高尾には同時進行で写真も撮ってもらう事になってる。
その「とあるチーム」とは…

「まさか青峰くんとこの取材に関われるようになるとはな〜」
「先輩さん最近忙しかったからね」
「まあ、任して貰えたと思って胸張って頑張んね〜とな!」
「高尾張り切ってるね」
「そりゃあな。つうか、仕事とはいえ青峰くんに会えんのもぶっちゃけ楽しみなんだよ」
「そっか」
「苗字は?一応同級生じゃん?」
「同級生…まあ、そうだね」
「何?その気乗りしない感じ」
「いや、楽しみだよ?ただちょっとプレッシャー感じてんの」
「あー、だな。それはオレも同じ」

ここのところの先輩さんの仕事量が増えていたのはメンバーの誰もが分かっていた。
昇進も囁かれている中、先輩さんは私たちメンバーへ自分の仕事の一部を振ってくるようになった。
任せてもらえて嬉しい反面、先輩さんとまだまだ沢山仕事がしたい私は、本当の事を言えば寂しい気持ちの方が大きい。
それはきっと高尾も他の皆も同じだと思う。
それでも先輩さんが安心して自分の仕事に専念出来るように、今私たちに出来ることは任せられた仕事に真摯に取り組むのみだ。

青峰くんに会えるのが楽しみかって。
高尾には素っ気なく返してしまったけど、正直私の方が楽しみにしてるという事は間違いない。
高校1年、青峰くんのバスケに魅了されて以来の私の夢の1つが、今叶おうとしているのだから。






青峰くんと二人で先生のお説教を受けたあの日。
私は先生に言われた通り青峰くんを体育館まで送り届けるという任務を全うした。
ホッと気付かれないよう息を吐いて、あとは背中を見送るだけ。
「じゃあ、青峰くん。私帰るね」
体育館の重い扉に手を掛けた青峰くんが振り返って、何を考えてるか分からない気怠げな瞳が私の目を捉える。
なんとなく動くことが躊躇われてそのまま暫くの沈黙の後、口を開いたのは青峰くんだった。
「見て行かねえの?」
「…え?」
「バスケ」
「バスケ部の?練習を?」
「それ以外に何があんだよ」
強豪と言われる桐皇学園バスケ部。
別に全く興味がないわけじゃない。
けど、青峰くんにそんな事を言われるとは思ってなくて驚きだ。
「私の役目はここまでだよ?」
「それでいいのかよ?」
「どういう意味?」
「来ただけで部活出ないかもしれねえじゃん」
「え!?」
「お守りならオレが帰らねえように見張っといた方がいいんじゃね?」
「帰るの!?」
「っぶふ、ジョーダンだって。おもしれえ顔」
「…青峰くん」
「まあ心配すんな。とりあえず今日はな」
「とりあえずって」
「じゃあな。お守りオツカレ」
「うん。いってらっしゃい」
青峰くんがガラガラと扉を開けた瞬間、中から物凄い怒号が飛んできた。
あれは2年の若松先輩だっけ、めちゃくちゃ怒ってる。
強面で有名だけど、それにしたって形相がやばい。
「青峰!やっと来やがった!今日は途中で帰んなよ!!」
「うるせえな」
「てめえ!」
あんな怖そうな先輩にあの態度。
青峰くんって一体何者なんだろ。
ちょっとした興味だったんだと思う。
いつも怠そうにしてて、今みたいに先輩や先生にまであんな態度で…そんな人がバスケみたいなスポーツやるの?って。
気付けば足は2階に向いていて、ポツポツと座るギャラリーに紛れて端の方に腰を下ろした。
簡単に体をアップしている青峰くんが見える。
「見てみて、今日は1年の青峰くん来てるよ」
「ほんとだ。顔はイイけどやっぱり取っ付きにくいよね」
「桜井くんみたいに可愛いげがあればね」
「それ言えてる。あはは!若松の顔やば!キレ過ぎでしょ」
「いつか顔あのまま戻んなくなるんじゃない?あ、見て!今吉先輩!やっぱりカッコいい」
「え!どこどこ!?」
近くで2年の先輩が喋る声が聞こえてしまった。
青峰くんやっぱり印象悪いんだ。
そんな事を考えながらぼんやり見ていると、軽く足首を回して緩慢な動作でコートに歩き出した。
その先、転がったボールをダダンって叩いた反動でキャッチ。
そこからゴールまで数メートルというところ、たまたまなのか狙ったのか青峰くんの目の前には若松先輩が構えていた。
おお、顔怖い。
「行かせねえ」
「あっそ」
またまた先輩に対して失礼な態度を取った青峰くんは、表情ひとつ変えず手元のボールを弾ませて…

ダンッ

一際大きくボールの音を感じた瞬間、まるで大きな壁みたいな若松先輩を流れるような動きでするりと抜き去り、そのままゴールに向かって…

パスッと音を立ててボールがリングをくぐった。


「…わ、何、今の…」

ボールが手に吸い付いてるみたいだった、まるで手の一部みたい。
迷いなく動く体はしなやかで自由で。
ほんの一瞬だったはずなのにとても長く緩やかな時間に感じた。
男の子にこんなこと言うのはおかしいと思うんだけど、
「きれい」
ふと漏れた言葉は誰にも聞かれる事はなかったのだけど、自然と追ってしまっていた視線の先、顔を上げた青峰くんと予期せず目が合ってしまった。
「あ」
思わず肩が上がってしまった私、それから普段細く鋭い目を大きく見開いた青峰くん。
気まずくなった私は何故か小さく手を振ってしまって、それを見た青峰くんはもっと驚いてしまったのだった。





彼のあの一瞬のプレイで私の夢が決まったんだと思う。
単純すぎて笑われるかもしれないけど、「追い掛けたい」と思ってしまった。
青峰くんの事はよく知らないし、「追い掛けたい」というのは別に近付きたいとかそういうのじゃない。
ただ素直に、あの光すら見えそうな程に輝いたプレイを見続けたいと、そう思ったのだ。
あの時あの瞬間は今でも目に焼き付いていて、自分に絵の才能があったのならば、間違いなく全てを描いて表せるだろう。
絵はお世辞にも上手いとは言えないので、まあもしもの話。

「苗字、大丈夫か?」
「え?」
「なんかボーッとしてんだもん」
「あ、そう?」
「しっかりしてくださいよー」
「ごめんごめん、大丈夫」

高尾に心配されてしまった。
昔を思い出して懐かしい気持ちに浸りすぎてしまったらしい。
気付かれないよう深呼吸。
「ほら、もう目の前。心の準備出来てる?」
「大丈夫。出来てるよ、もうずっと前から」
「わお!カッチョイー!」
「高尾うるさい」
「え、ちょっとおふざけしただけじゃん!んな怒んなって〜」
「怒ってないし高尾うるさい」
「辛辣!」
騒がしい高尾には感謝しないと。
本当は徐々に緊張してきてるのをごまかしてる。
ちょっと解れてきた、ありがとう高尾。
ニカッと笑った高尾につられて強張った顔が緩んだ。
取材先まであと数メートル。



「苗字?」
低く掠れた声に振り返った先には、チームのジャージに身を包んだ彼が立っていた。

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