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「名前ー!先行くね!」
「いってらっしゃーい」
衣食住を共にしている友人の親友を声で送り出して自身の準備に動き出す。
親友は高校からの親友で就職活動を始める頃から一緒に生活し始め、沢山の苦楽を共にして来た…今となっては家族のような存在だ。
年は同じなのに姉のように頼れる存在だったりする。
病院の医療事務をしていて、何でもテキパキこなせる所謂出来る女というやつだ。

「…おおー。すごいクマ」
鏡の中の自分に向かって思わず声に出してしまうくらいには目立っている寝不足の証。
親友には私が特に何も言わなくても「徹夜お疲れ」なんて声を掛けられた。
ほぼ寝ずに記事を書き上げて出勤する朝はだいたいこうだ。
夢中になると時間を忘れて没頭してしまうのは、多分学生の頃からの私の癖みたいなもの、というか性分というのか。
高校の試験勉強もそんな時があった。
勉強に没頭できると思えばいい事なのかもしれないけど、いい事ばかりじゃなかったのも現実だ。
確か一度だけ試験最終日に遅刻して…そうだ、先生に放課後に準備室に呼ばれて個人的に怒られたことがあったっけ。



「これが大学受験の当日だったらどうするつもりだ、まったく」
「…すいません」
「お前は真面目だが、こういう危なっかしいところがある」
「すいません」
「授業はちゃんと出てるし提出物も問題ないんだから、試験に遅刻で一生ダメにするとかそんなバカな事するなよ?」
「はい」
「だいたい1年の最初のテストだからって甘く見て、怠けたりたるんでるヤツが多過ぎる!」
「…」
「お前はそういうのじゃないからまだいいが、それでもいくら勉強に集中してたからって、寝るのも忘れて夢中になって気付いたら寝てて起きられなかったなんて、それこそ努力も水の泡だ」
そんなこと分かってますよ!
まだ1年生だし、別に有名大学を目指してるわけでもないし…けど、確かに試験に遅刻してチャンスを潰すのはさすがにまずいのは分かる。
分かるけど、こんなネチネチだらだら言うこと?
先生もしかして私でストレス発散しようとしてない?
もう二度とこんなヘマはしないと心に決め、どうやってこの場から逃げ出そうと考え始めた頃、ガラガラと鈍い音を立てて準備室の扉が開いた。
瞬間、目の前の先生の眉間に大きく皺が刻まれた。
「青峰!遅いぞお前!」
青峰くんだ。
バスケの推薦で入学してきたという同じクラスの男の子。
授業は遅刻してくるし出席したとしてもだいたい寝てるし、この人はアレかな、所謂不良ってやつかな。
背が高くて妙な威圧感があって、人を寄せ付けないイメージだ。
青峰くんとはまだ一度も話したこともなければ、多分おはようとか挨拶すらも交わしたことがないと思う。
さっきの先生の大きな声にピンと背筋を伸ばしたのは私だけで、当の本人は特に気にする様子もなくゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。
「…別にいーじゃねえか、間に合ったんだし」
ぼそりと呟いた声は、先生より近くにいた私にしか聞こえなかったようだ。
いや、確かに試験には間に合ってたけど!
私より大分遅れて来てたよね!?
あと数分でアウトだったよね!?
青峰くんの声が先生に聞こえてなくて良かったと私がホッとする。
これ以上先生を怒らせないで欲しい。
「青峰、お前いくら推薦だからって日頃の態度から何から問題があり過ぎだぞ!」
「…」
「授業だって出席すればいいと思ってるなら改めろ。どの教科の先生からもお前がいつも寝てると報告が上がってるぞ」
「へーへー」
「その態度だ態度!返事もまともにできないのか!」
…私、そっと抜け出してもいいかな、いいよね?
先生が青峰くんだけに向かって話しているうちに少しずつ後退る。
私の時よりも険しい顔でかなり声を張っている先生は、私の動きにも気付いていないようだ。
「だいたいお前は部活だって出ないことが多いそうじゃないか!桃井から聞いてるぞ!」
「ッチ、さつきのやつ」
「今日は試験明けで部活も始まるんだから、必ず出席するように」
「別に出る必要もないスけど」
「部活に所属してる以上参加するのが当然だ。帰るなよ?」
「…」
「そうだ苗字」
「はいっ!?」
変な返事になってしまった。
ちょっと開いた先生との距離に気付かれないよう姿勢を正す。
すでに先生の目は私の方を見ていた。
「苗字、お前青峰が部活に出るの見届けてから帰れ」
「は…え!?」
「は?」
声が重なり思わず青峰くんの方を見てしまったら、彼もちょうどタイミングよく私の方を振り返っていて、多分入学以来こんなしっかり目を合わせたのは初めてだ。
関わることなんてなかったんだから。
や、待ってそれより先生今…
「その任務で今日の遅刻に対する説教はこれで止めてやる」
「え、さっきので終わったんじゃ」
「甘いな。あと1時間は余裕だ」
「えええ」
「というわけだ、青峰。今から部活に出るまで苗字にお守りしてもらえ」
「はあ?いらねーよ」
「問答無用。部長と桃井に後で確認取るからな?」
「一人で行くっつうの」
「そういう事はまともに授業に出席するようになってから言え」
再び青峰くんに視線を戻して話し始めた先生を呆然と見つめる。
…無理。
無理だ。ハードルが高過ぎる。
しゃべったこともない、まして今さっき初めて目を合わせたくらいの人ですよ?
行こうって言って素直に従ってくれる気もしないし、こんな規格外に大きな男子生徒を私なんかが部活まで力ずくで連れていけるわけもない。
「ちょっ、あの、先生っ、私あと1時間先生のお説教がいいです」
「いい心掛けだな。だが先生はこれから会議があるから出来なくて残念だ。だから説教の続きはまたの機会だな」
「え」
「今日の任務はしっかり果たして来いよ?青峰も級友を困らせるんじゃないぞ?」
「んだよ、級友って」
「せ、先生、」
「よし、今日は解散だ。部活行ってこい。じゃあな」
「待っ」
話しながら教材を整え会議の資料を手にした先生は、私たちを残してあっという間に準備室を出て行ってしまった。
ピシャリと音を立てて閉められた扉がなんだか重厚な牢獄の扉のように見えてくる。
恐る恐るゆっくり振り返ると、またしても目が合ってしまった。
「っ」
「…」
「…あー、ええと」
「…」
「か、帰るんだよね?」
「は?」
沈黙に耐えかねて出てきた私の問いに、青峰くんは細く鋭い目を丸くして驚いていた。
ん?私何か変な事言った?
私が青峰くんを部活に連行する事など到底無理、というかそもそも諦めているし、私が後で先生に「任務は果たせませんでした」と謝れば済む話だ。
先生の説教の方がまだ良い。
私には荷が重すぎる。
脳内で無理無理絶対無理と念じ続けていると、私の横を青峰くんが通り過ぎていく。
牢獄の扉がいとも簡単に開かれた。
その様子を目で追っていたら、青峰くんは私がかろうじて聞き取れるくらいの声でつぶやいた。
「帰んねえよ」
「え!?」
今度は私が驚く番だ。
帰らないって…
「部活…行ってくれるの?」
「…なんだソレ」
あ…今、青峰くん笑った。
驚きの連続で動けないまま目を瞬かせていると、廊下へ足を踏み出した青峰くんがまた少し笑いながら言った。
「今日はたまたまバスケしてえ気分だっただけだ」
「そ、そっか」
「おら、行くんじゃねえのかよ」
「!あ、そう!私お守りだった!」
「っぶ、」
「え!?なんで笑う!?」
「いや、笑うだろ」
「ツボ分かんない!」
「オレもよく分かんねえわ」

高校時代、たった一度だけした遅刻の記憶の中には、初めて見た青峰くんの笑顔の記憶も刻まれていた。


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