Never ever | ナノ

8

3日間安静にしていた黄瀬さんは普通の生活が送れるようになった。
今朝はまた早起きをしてストバスに出掛けたみたいだ。
本日、完全に休日脳な私は彼が家を出た事にも気付かず爆睡していた。
ノロノロと起き出して彼が寝ていた布団を干したり洗濯物をやっつけたりしているうちに思いの外時間が経っていたらしく、玄関から『ただいまッス』という控えめな声が聞こえて来た。
「おかえり、ご飯あるよ」
「…すんませんッス」
酷く申し訳なさげに言われて戸惑う。
首を傾げれば突然バッと頭を下げられて更に戸惑った。
「え、ちょっと、黄瀬さん?」
「すんませんっ」
「え?」
「か、関わらないで欲しいなんて!俺、」
「…あ、ああ」
「ほんとすんませんでした」
「いいよ、謝らなくて」
「でもっ」
熱が出た日、彼は確かに言った。
『あんまり、俺に関わらないで欲しいッス』と。
それを彼なりに気にしていたのか未だに頭を上げる様子はない。
一応衣食住世話になっている手前、今後の事が心配になったのだろうか。
「大丈夫。約束した通りちゃんと黄瀬さんが帰れるまでここに居てくれて大丈夫だから」
「え、いや」
「それに言ったでしょ?極力関わらない様にするって」
「!っそれは、」
「約束は守りますよ?」
「っそ、そうじゃねえんスよ!!」
「!」
勢いよく頭が上がって前のめりになった黄瀬さんと私の距離が縮む。
結構な近さで目が合って呆然としていると、彼はまたまた勢いよく今度は後退した。
あ、それ何気に傷付く。
「っす、すんません!」
「…いや」
「俺…すごい嫌な言い方しちゃったなって…後悔してて、それで、あれはなんて言うか、」
「…」
「あの時は、ええと、」
「いいよ。大丈夫、分かったよ」
「え」
「今まで通りでいいんでしょう?」
「…苗字さん」
「ね?」
「…う、ん」
「…黄瀬さんは悪くない。っていうかよっぽど人間らしいと思う…だって突然こんな所に放り込まれてさ」
「…(違うんスよ)」
黙ってしまった黄瀬さんを見るとなんとも言えない顔をしていた。
苦しそうな、悲しそうな…ああ、なんだか黄瀬さんにこんな顔させてばかりだな。





違うんスよ…苗字さん。
『…なんでまた来ちゃったんスかね、俺』
卑屈にそう零してからもうどれくらい経っただろう。
始めから彼女には迷惑掛け通しだった。
なのに特に嫌な顔一つせず俺を匿ってくれて、今不自由なく生きていられるのは彼女のおかげだ。
いつ帰るか分からないとはいえ、まさかバスケを出来る環境まで揃えてくれるなんて…本当に有り難い。
感謝しかない。
そんな苗字さんに俺は酷い言葉を浴びせた。

『あんまり、俺に関わらないで欲しいッス』

まだぼんやりとした頭で紡ぎ出した言葉は多分半分本心で半分嘘。
熱に魘されたあの時、俺はかつての想い人である彼女と苗字さんを重ねていた。
ハッキリとは覚えていないけど夢を見ているみたいなあのふわふわとした感覚の中、2人の声が重なって聞こえていたのだ。
現実の俺は苗字さんの声に耳を傾けるのに必死で、夢見心地の俺は懐かしい彼女の声を求めていた。
二重人格にでもなった気分だった。
俺は苗字さんに嫌な思いをさせてしまった。
言葉で、態度で。
『関わらないで欲しい』なんて本当は思ってなんかないのに。
俺は怖いだけだ。
いつかは分からないけど俺は絶対元の世界に戻る。
それは絶対だ。
その時に必ずやって来る関わった人との別れ。
人と深く関われば関わる程その別れは辛くなる。
ただ自分が辛い思いをしたくないっていう自分勝手な考えで、親切にしてくれた人を傷付けてしまった。
男として、いや人間として最低ッス。

『それに言ったでしょ?極力関わらない様にするって』
そう言われて俺は身勝手にも傷付いていた。
自分で距離を置こうとしたのに。
苗字さんは優しくて寛容で姉の様な人だと思った。
常に冷静であまり物事に動じない。
突然現れた俺を柔軟に受け入れてくれたし、深い話を何も聞かずにいてくれるし、一定の距離を置いてくれている。
彼女の言う『関わらない様にする』ってどれくらいの範囲なんだろう。
あー、ほら。
こんな事を考える俺はやっぱり自分勝手だ。
それでも…
あんな事言っておいて許されないかもしれないけどそれでも…
優しい姉さんに、俺…もう少しだけ甘えてもいいッスか?





「黄瀬さん」
「…」
「黄瀬さーん」
「ん」
「ご飯。もう夕ご飯の時間です」
「ん…え、夜」
「そう、夜」
午後、黄瀬さんはソファに背を預けてバスケットボール誌を見ながらいつの間にか寝てしまっていた。
3時間くらいは寝たんじゃないかと思う。
やっぱりまだ体調が本調子ではないのだろう。
本人もかなり驚いているみたいだ。
「すんません、何も手伝わなくて」
「だから、いいの」
「洗い物はやらせて」
「はーい、分かった分かった。起きて直ぐだけど食べられる?」
「あ、今子供扱いした」
「大丈夫、弟だよ」
「えー、ほんとッスか?」
「ホントホント」
黄瀬さんが口を尖らせているのを見て前言撤回、やっぱりちょっと子供みたいだと心の中で笑う。
自然な会話に少しだけ嬉しさを感じて、座ったままでいつもよりずっと低い位置にある黄瀬さんの頭にポンと手を乗せた。
「よーしよし」
「…犬じゃねえス」
「サラサラで綺麗な髪だ」
「聞いてないし」
今度は頬まで膨らんで正に不貞腐れる子供。
綺麗な顔が台無しだ。
可愛い弟が本当に出来た気がして、予定外に距離が縮まった事に驚きながらもやっぱり嬉しくもあった。

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