Never ever | ナノ

7

『涼太…大丈夫?』
ああ、俺また熱出したんスね。
『熱測ろうか』
手が冷たくて気持ちいいッス。
『涼太、ちょっと起き上がれる?』
頑張る。
眩暈がしてもきっと受け止めてくれるんスよね?
ねえ………



黄瀬さんがまた熱を出した。
仕事が休みの時で良かったとホッとしつつ、これも違う世界から来たという証拠の一つなのだろうかと考える。
でも一先ずは看病だ。
「黄瀬さん…大丈夫?」
「ん…」
「熱、測ろう?」
おデコに触れると黄瀬さんの顔は気持ち良さそうに緩んだ。
私の手が冷たいわけじゃないのにきっとあまりの熱さに冷たいと感じているのだろう。
体温計は39度を表示していて…これはさすがに解熱剤を飲ませないとマズイと薬箱を漁った。
「黄瀬さん、ちょっと起き上がれる?」
「ん」
朦朧としている黄瀬さんをなんとか座らせて薬を取る為に手を離すと、支えを無くした黄瀬さんの体は前のめりに倒れ込みそうになった。
慌てて正面から支えて阻止すると熱い体が重く私に圧し掛かる。
「…すいま、せ、」
「だ、大丈夫。とりあえず薬飲もう」
「ん」
まずは水分をとペットボトルにストローを差して口元に近付ける。
でもストローを食わえる事は出来ても吸い込む事は出来ないみたいだ。
ストローは諦めて、痛くない様にベッドのヘッドボードに枕を置いて黄瀬さんを寄り掛からせる。
飲み口をダイレクトに口に付けて傾ければゆっくりと飲み始めた。
良かった。
口端から零れたのを大人しく拭き取られている姿はまるで子供。
ってそんな事考えてる場合じゃなかった。
私が薬を準備しているとやっと聞き取れるくらいの小さな声で黄瀬さんが呟いた。
「…飲め、ない…薬」
「え?」
「飲めない…ッス、」
「く、薬?飲めない?」
「ん」
「苦手って事?」
「ん」
やっぱり子供か!
というツッコミはしないでおく。
どうしたものかと暫く頭を悩ませている私の耳に、聞き間違いかと疑う言葉が小さく聞こえた。
「…口移し、で、」
「…は」
朦朧として殆ど焦点の合っていない黄瀬さんが私の方を見た。
ポカンとする私を他所に言った本人は当然の様に薬を与えて貰うのを待っている様だ。
え、何これ。
薬の口移しなんて現実的に有り得るの?
いやいや無いでしょ。
自分の口に水と薬含んで口くっ付けて抉じ開けて流し込むって事?
飲み込めなくてこっちに逆流してくるんじゃ、っていうか手で口抉じ開けたって変わらないんじゃ…
そうこう考えているうちに黄瀬さんはとうとう目を閉じてしまって今にも眠ってしまいそうな状態になった。
私は慌てて近付き、黄瀬さんの唇を指でトントンと叩く。
そうすると素直に唇が薄く開いてそこからペットボトルで水分を流し込む事に成功。
続けて薬も放り込んで、閉じた唇にまた指で触れた。
「ん、っん」
黄瀬さんの喉がごくりと音を立てる。
眉間に皺が刻まれて、これはちゃんと飲み込めた感じかなと一先ず安心。
雛鳥に餌をあげている様な気分だなんて考えながら口元を拭ってやると、黄瀬さんの手がこちらに伸びて来た。
何か欲しいのだろうか。
「!」
彼の手が掴んだのは私の腕。
弱い力だったのに態勢が悪かった私の体は簡単に傾いて…
「お!わっ!」
ベッドに凭れる黄瀬さんの体に飛び込んだ。
熱い体が触れて目の前には水分の滴った黄瀬さんの首元。
白く綺麗な肌に水滴がキラリと光って酷く色っぽかった。
「あり、がと、」
「!」
耳元で落とされた力ない言葉に何故かギュっと心臓が苦しくなった。
「大丈夫。早く良くなってね」
よく分からない感覚を消し去る様に言葉を紡ぐ。
宛ら親、いややっぱり姉かな。
こんな甘え上手な弟だったら可愛がるのに、なんて実弟への嫌味を唱えつつ冷静さを取り戻した。
朦朧とした意識の中の言葉と行動。
これが本来の黄瀬さんなのだろうか。


「…おはよス」
「おはよう。ごめん、お腹空いたよね?今お粥持っていこうと思ってた所」
「え」
「まだ怠いでしょ?ほら、早く部屋戻って」
「いや、大丈夫」
「じゃないから。フラフラしてるし顔色も悪いよ」
正しく病人面の黄瀬さんが起きてきた。
覇気のない顔は色を失っていて虚ろな瞳は目が合っているはずなのに何処か遠くを見ているようだ。
色々やってあげたい所だけどもうすぐ家を出なきゃいけない時間。
大丈夫だと言い続ける黄瀬さんを無視して部屋に押し戻した。

「苗字さん」
「ん?」
「迷惑掛けてすんません」
「弱気な事言ってると病気に負けるよ?」
「…」
「はい、しっかり食べて薬飲んで寝る事」
「…うん」
「…っふ、あはは!」
「え、何笑ってんスか」
思わず笑ってしまったのはいじけた黄瀬さんが可愛かったから。
口を少し尖らせて眉間に皺を寄せ眉は垂れ下がって、かなり不服そうに出て来た言葉は小さく『うん』だ。
笑いながら黄瀬さんの眉間の皺をぐいと伸ばすと熱で気怠げな瞳がパチッと大きく見開かれた。
けれどそれは一瞬の事ですぐに元に戻る。
首を傾げて黄瀬さんを見ると彼の視線は落ちてしまった。
「ん?」
「………ッス」
「何?」
「…………しないで欲しいス」
「え?」
「あんまり、俺に関わらないで欲しいッス」
「…」
ぼそりと漏らされた言葉に私は唖然としてしまった。
『関わらないで』というのはきっと彼の本心だ。
だって初めからそうだった。
私を、というよりは全てを拒む様な目をしていた彼だ。
弟って感じで徐々に打ち解けて来たかななんて悠長な事を思っていた自分を恥じる。
「…え、っあ!いや、苗字さん、あの」
「…」
「今のは!」
「…うん……分かった」
「え」
「極力…関わらない様にする」
「あ」
「でも病気の時は別。元気になったらお節介止めるから…病人を放って置けないし」
「苗字さん」
「こういうお節介されるの嫌なら早く治しなよね」
「えっ」
「じゃあ、仕事行くから」
「っ、」
パタンと静かに閉めた扉に寄り掛かる。
なんだか大人気なく一方的に捲し立ててしまった気がする。
小さく溜め息を一つ、そして自己嫌悪して仕事に向かう事になった。

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