Never ever | ナノ

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『バスケしてきます 涼太』
「…早」
ボールを買った翌日から黄瀬さんは毎朝5時には家を出てストバスコートに行っているらしい。
平日だいたい6時半頃に起きる私は、ちょうどバスケから帰って来た黄瀬さんに寝起きの酷い顔を見られているという残念な…まあこれでも一応女子だ。
土曜で休日である今日、ガチャっという施錠の音で珍しく目が覚めてしまった私は愕然とした。
4時55分…早起きしてしまうおじいちゃんか。
疲れているとはいえ一度起きてしまえば目は冴えてしまって全く眠れる気がしない。
一つ伸びをして動き出した。

「うえ!?苗字さん!?」
「おはよう、来ちゃいました」
「今日休みなのに寝てなくていいんスか?」
「平気平気。あ、邪魔なら帰るけど」
「いや、そういう意味じゃ!全然いいッスよ」
「良かった。じゃ、お邪魔します」
フェンス越しに私を見つけた黄瀬さんは大層驚いた顔をしていた。
許可を貰ってフェンス内に入る。
近くにあったベンチに『よっこらしょ』と腰掛けると黄瀬さんが振り返って『あ、おはよッス』と今更の朝の挨拶。
へらりと笑えば割とすんなり笑顔が返って来た。
朝っぱらから美形の笑顔は眩し過ぎる。
そのまま私に背を向けてゴールに向かってドリブルして、凄く綺麗なフォームでレイアップシュート?を決める黄瀬さん。
バスケのフォームなんて知りもしないくせに綺麗だと思ってしまったのはきっと彼が朝日を浴びてキラキラと輝いていてとても楽しそうにしていたからだ。
本当にバスケットが好きなんだな。
体格にも恵まれているし、もしかして本物のバスケット選手だろうか。
とにかく楽しそうに動き回る黄瀬さんを私は飽きる事無くずっと見ていた。
たまにとんでもなく難しそうなシュートが決まるとちょっとドヤ顔で振り返る子供っぽい一面も見られたり。
なんだか私息子を見守る母親みたいになってないか?なんて思いながらゆっくりと穏やかな時間が過ぎていった。


「ん!んまいっ」
「良かった」
「なんか、すんません」
「何が?たまには外で食べるのもいいんじゃない?」
「苗字さん」
6時半を回った頃、運動もしていない私のお腹が空腹を知らせた。
なんて燃費の悪い体だ。
私の事は置いておいて、早朝から動きっ放しの黄瀬さんはきっともっとお腹が空いているに違いない。
家から持って来たおにぎりを差し出すと案の定キラキラと目が輝いた。
美味い美味いと頬張ってくれる彼を見て作って来た甲斐があったと頬が上がる。
ああほら、これ完全にお母さん。
もうそれは良しとして…満腹になれば眠くなってくるというのが人間の性で、少し休憩してまた走ってコートに向かった黄瀬さんを見送りつつベンチにくったりと背を預ける。
そのまま眩しい朝日を見つめて目を細めれば、あっという間に私の世界は暗転した。


遠くでシャワーの音が聞こえる。
何これ、私ホテルで相手のシャワー待ちしてる彼女かなんか?
なんてぶっ飛んだ夢物語をふわふわとした脳ミソで考えながら少しずつ意識が浮上する。
起き抜けにそんな事考える私痛い、痛過ぎる。
そんなこんなで現状を理解するのに暫く時間が掛かった。
「あ、苗字さん…おはよッス」
「…おはよ、う?」
「あれ、寝惚けてるんスか?」
「うわ、私さっき何考えてたよ、夢見がち乙女か」
「え、苗字さん、大丈夫ッスか?」
「ごめん。うん、寝惚けすぎてました」
寝惚けるにも程がある。
髪を拭きながら現れた黄瀬さんをぼんやりと見つめていると、何故か黄瀬さんも私を見ていた。
「…っふふ、あはは!」
「…ん?」
「はい」
「っん」
突然ゴシッとバスタオルで口元を拭われて目を見開く。
目の前の黄瀬さんは…笑っていた。
あ、こんなに笑ってるのを見るのは初めてかもしれない。
けれどその笑っている原因を理解した私のHPは一気にゼロになった。
最悪だ。
「ヨダレ、苗字さんの子供っぽい所初めて見付けたッス」
「よっ、涎!!」
美形に寝起きの酷い顔を見られるだけじゃなく涎を拭われる日が来ようとは。
更に自分が今何故家のソファで寝ているのかという事を考えて愕然とした。
外のベンチで寝てしまったのだ。
自力でココに来れるわけがない!
「っごめんなさい!黄瀬さん!」
「?ああ、全然平気ッスよ。苗字さんおんぶするくらい余裕ッス」
「お、おんぶ…」
「なんか安心したッス」
「え」
「苗字さんの、なんていうか…人間らしいっていうか、完璧じゃない所見られて」
「なん、ですかそれ、」
「常に冷静で動じないってイメージあったから」
「私、そんなイメージだったんだ」
「ちょっと可愛いッス」
「は、」
黄瀬さんは薄く微笑みながら凄まじい爆弾を投下した。
ちょっとだってなんだって美形に『可愛い』だなんて生まれてこの方言われた事のない私は一瞬顎が外れるんじゃないかってくらい驚愕したけれど、冷静に考えてみれば『可愛い』には色々な意味があってきっとあの『可愛い』は私を小馬鹿にしているのだという結論に至った。
何れにしても私が赤っ恥をかいた事に間違いはない。
「…叩き起こしてくれれば良かったのに」
「あんなに気持ち良さそうに寝てるのを起こすなんて出来ねッスよ」
あ、なんか墓穴掘った。

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