Never ever | ナノ

5

「ただいま」
シンと静まり返っている部屋の中は真っ暗で全く人の気配を感じない。
黄瀬さんは…あ、もしかして元の世界とやらに帰れたのだろうか。
確か来るのも帰るのも突然だと言っていた気がする。
そんな事を考えながらパチンと部屋の灯りを点けると、ふと視界に入ったテーブルの上のメモ用紙に走り書きがあった。
『ボール買えました!ありがとう!バスケしてきます 涼太』
涼太?
ああ、黄瀬さんの名前涼太だったっけと失礼な事を考えつつ元の世界に帰れたわけではなかった事を理解する。
お昼にと冷蔵庫に入れておいたサンドイッチがなくなっていて、食器は洗って戻してくれたようだ。
そろそろお腹も空くだろうし帰って来るだろうか。
いや、でも。
昨日彼を諭す為に言った『黄瀬さんがバスケットしてる所、見てみたい』という言葉は強ち間違いではなく、ちょっと興味があった。
バスケの話をする彼は普段とは別人みたいに輝いていたから。
こんな時間までコートにいるかは分からないけどとりあえず行ってみようと財布とスマホだけを持って家を出た。


「…」
声が出なかった。
というよりは出せなかったという方が正しいと思う。
黄瀬さんは予想通りストバスコートに居た。
ガコン!と物凄い音を立てて多分ダンクというやつを決めて…そんなものを初めて生で見た私は『すごい!』と叫びそうになった口元を押さえていた。
「っ、わけ、分かんねっス…なんでっ、また」
黄瀬さんは転がっていくボールを放置して立ち尽くし、絞り出すような声でそう言った。
自分がここに居る事にどうしても納得がいかないのだろう。
苦しそう。
だけど私にどうこう出来る問題じゃない。
どれだけ動き回ったのか、全身汗だくで少し薄汚れてしまった黄瀬さんの背後にゆっくりと近付く。
足音に気付いた彼はビクリと体を揺らしてから振り向いた。
「…苗字さん」
「黄瀬さん…お腹、空かない?」
「へ?え、…うん、まあ」
「ご飯、食べに行こう?お腹空いたし今日はラクしたい気分」
「苗字さん?」
「その前に着替え買おう。風邪ひく」
「え、いや、俺は大丈夫ッス」
「駄目です。黄瀬さんが寝込んだら私大変だし」
「……すいませんッス。確かに迷惑ッスね」
「や、真に受けないでって。冗談。ジャストサイズじゃないし弟の服だけじゃ心許ないでしょう?」
「へ…冗、談、」
「だいたい迷惑だと思ってたら始めから匿ったりしませんよ?」
「苗字さん」
肩を竦めて見せれば、情けなく眉を下げた黄瀬さんが少しだけ笑った。
バスケを見せて貰うのはお預け。
私はどうやら黄瀬さんのやりきれない表情を見るのが得意ではないらしい。
自分の胸まで苦しくなるのだ。


「あ!ボール、ありがとッス。ホントに」
「ああ、もうそれは気にしないでって言ったよ?」
「…ありがとう。俺、大切に使うから」
「うんうん、よきかな。物は大事に、ね」
「苗字さん、なんか俺の事子供扱いしてねッスか?」
「子供?まさか。黄瀬さんは…大きな弟、かな」
「ええ?苗字さんの言い方だと子供と大差ないような」
「そんな事ないよ?っふふ」
「笑ってるし」
ファミレスで食事をしながら他愛ない話をした。
なんだかんだこんなにゆっくり黄瀬さんと話したのは初めてかもしれない。
打ち解けるとまではいかなくても少しずつお互いの事を知って、なんとなく距離が縮まった気がする。
ってそれ私の気のせいかな。
「苗字さんってなんか不思議な人ッス」
「え、それ喜んでいいのかな」
「あ、や、分からないけど、絶対悪い意味では言ってないッス」
「そうなの?」
「勿論!」
よく分からないけどとりあえず黄瀬さんの中で私は『不思議な人』らしい。
何その微妙な表現はと思ったけれど。
「…似てるのかな、どこか」
「え?」
「!!っいや、何でもないッス!お、俺飲み物取って来る」
「あ、うん」
バタバタと慌てて席を立ってドリンクバーに向かった黄瀬さんの背中を見送る。
今、『似てる』って言った?
恐らく彼の居た世界の誰かと私が似ているという事なのだろうけど。
ちょっと気になるけどそんな話を気軽く出来るわけもなく、更にあんな慌てた様子の黄瀬さんを見てしまえば当然聞く事は憚られる。
もっと色々話せる様になったら…って私何考えてるの。
黄瀬さんは突然消えてしまうかもしれない、というか彼の話なら近いうち必ず帰るのだからもっと仲良くなった所でどうする?
ごく自然に出て来た自分の言葉に戸惑いつつ残りの飲み物を飲み干した。

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