もう二度と…
あの時みたいな真っ直ぐで純粋な恋なんて出来ないと思ってた。
俺がただ意固地になってるだけかもしれない。
それでも運命の出会いなんてものはないし、何もかも上手くいく事なんて有り得ないんだ。
どんなに一生懸命好きになったって、どんなに一生懸命気持ちを伝えたって叶わない想いもある。
そう思ってた。
二度目に飛ばされた先には女の子が居た。
潜在的に『関わっちゃいけない』って意識が働いていて、あの頃の俺は彼女に対してきっと失礼な態度ばかり取っていたかもしれない。
それでも何も聞かずに俺を助けてくれて、有り得ないような現実を話した俺の事を信じてくれて、気遣ってくれて優しくしてくれて…そういうのが全然押し付けじゃない自然な彼女。
『誰も黄瀬さんを置いて行ったりしない。皆探してるし待ってる。私には祈ってあげる事しか出来ないけど、出来る事はやるから…愚痴だってそういう不安に思う気持ちだっていつでも聞くから』
苦しい自分を救い上げてくれたのはいつも名前さんだった。
『黄瀬さん』
『黄瀬さんがバスケットしてる所、見てみたい。というわけで、これは私の我儘だから黄瀬さんが遠慮する事は全くないです』
『極力…関わらない様にする。でも病気の時は別。元気になったらお節介止めるから…病人を放って置けないし』
『大丈夫、大丈夫だよ』
『黄瀬さん黄瀬さん』
名前さんの声は凛として俺の耳に響いて、その言葉はいつだって優しくて、俺の心をゆっくり解いていってくれたんだと思う。
優しくして貰えるのは嬉しかったけど、弟みたいに扱われる事にだんだん俺は寂しさを感じてた。
でもそのうちきっと俺は消える…それは間違いなくて、嫌な予感というのは嫌味なくらいに当たるもので。
もうすぐ元の世界に戻る、そう確信した俺はどうしても何か彼女と過ごした証が欲しかった。
あの時、縋るように彼女を見つめる俺はどんなに情けない顔をしてただろう。
予想通り、元の世界に戻った俺を待っていたのはいつも通りの日々と虚無感だった。
一人が当たり前だった部屋が広く感じて、誰もいない部屋に響く自分の『ただいま』が寂しい。
止まってしまった時計だけが彼女と居た唯一の証で、肌身離さず持ち歩く自分を女々しいと思いながらもその証に縋っていた。
その時計が突然動き出した時はただ純粋に嬉しかったけど、今思えばあれは彼女との再会を知らせる合図だったんじゃないかって今は勝手に思ってる。
「え!涼太!?」
「あ、名前!」
「連絡くれれば良かったのに!風邪ひくよ!」
「来たばっかだし平気ッスよ、お疲れ様」
仕事から帰った彼女を家の前で待ち伏せていると、俺を見付けた彼女が慌てて駆け寄って来た。
労りの言葉を掛けて両手を広げれば少し戸惑いながらも腕の中に収まってくれる彼女が愛しい。
もう二度と、こんな気持ちになれる事はないと思ってた。
絶対、もう離れないよって言ってくれた名前を、俺は絶対離さない。
「冷たい。冷えてる」
「俺が風邪ひくの心配?」
「そんなの当たり前でしょ」
「へへ」
「笑い事じゃないよ、もう」
「…なら」
「ん?」
「いい事考えたッスよ…今度からこうしよう?」
「え?」
「名前が俺の部屋からいってきますとただいま、すればいいんスよ」
「!」
ポケットから鍵を出して見せれば彼女は目を見開いて、それから俺の胸に顔を埋めて小さく頷いた。
平気な顔してサラッと言ったけど内心めちゃくちゃドキドキしてたんスよ?
安心して彼女を抱き締め直してぎゅうぎゅうすれば、腕の中で恥ずかしさに震える彼女をダイレクトに感じてニヤける顔を抑えられない。
俺ってこんなだったっけ?
彼女と過ごすようになってからよくそう思うようになっていた。
どんな俺も受け止めてくれる彼女に俺は溺れていく一方だ。
彼女もそうだったらいいと思う。
モソモソと動いて顔を上げた彼女は頬っぺたを染めて笑ってて、そんな彼女に俺はまた底無しに落ちていくんだ。
バシッ
「いったああああ!」
「黄瀬てめえ!家の前で何してんだ!」
「笠松先輩!」
「っ笠松さん!すいません!」
「は?お前じゃなくて黄瀬に言ってんだ。ったくデレデレしやがって」
「いいじゃないスか!俺の彼女だもん!」
「もん?(イラァ)…苗字、ちょっと離れてろ」
「え!駄目ッス!今離れたら絶対本気でどつかれる!」
「分かってんじゃねえか」
「やだ!」
「やだじゃねえ!」
「か、笠松さん!あの、すいません!よく言っとくので!」
「苗字、お前もあんまコイツ甘やかすんじゃねえぞ」
「笠松先輩!酷いッス!」
「うるせえ!」
「いったああああ!!!」
ねえ名前?
こんな俺だけど、これからもずっと一緒にいて欲しいッス。
俺と出会ってくれて、好きになってくれて、ありがと。
END
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