Never ever | ナノ

34

名前さんに拒絶された気がした。
また俺の想いは届かなかったんだって、俺の独り善がりだったんだって、考えれば考える程マイナスになってく。
っていうのは俺の勝手な考えで…
飛ばされた先で親切にしてくれた彼女に『関わらないで』なんて酷い事を言ったのは俺の方。
俺が落ち込むのは可笑しな話だ。
分かってる、分かってるけど。

『っどうして、そんな事言うかな』
眉を下げて悲し気な顔をする彼女。
あの時の表情が忘れられない。
きっと俺が勝手な事ばっかり言ってたからあんな顔をさせちゃったんスよね…

「あ゛〜っ!もうっ!!!」
「ああ?うっせえぞ黄瀬!」
「は!?…青峰っち!」

いつの間にか相手チームもコートにやって来ていたらしい。
ずーんと沈んでた俺の背中で、これでもかってくらいイライラ全開の青峰っちの声が響いた。
「温ィ試合しやがったらマジで許さねえ」
「!」
「分かってんだろうな、このヘタレ野郎」
「なっ!」
青峰っちは一度俺に鋭い眼光を向けると背を向けて自陣へ戻っていく。
悔しいけど『ヘタレ野郎』は否定出来ない。
試合に集中しないと…


「止めろ黄瀬!青峰だっ」
「っ!行かせねえッスよ!」
「言ってろ、今のお前には無理だ」
「!」
こんなんじゃダメだ。
全然集中なんて出来てない。
分かってるのに、結局俺はヘタレから脱出出来ないでいる、情けない。
食らい付けるはずの青峰っちの動きに反応が遅れて簡単に抜かれる。
パスッといい音を立てて青峰っちのシュートが決まった。
当然場内が盛り上がる。
けどシュートを決めたのに振り返った青峰っちの顔は歪んでいて、威嚇するみたいに俺を睨み付けていた。
そんな顔したって怖くないけど、青峰っちの言いたい事は分かってるッスよ!
エースもクソもない。
こんなカッコ悪くて情けない男、名前さんに嫌われて当然だ。

「黄瀬!」
「ッス!」

仲間からのパスが綺麗に通ってボールは俺の手にぴたりと収まった。
目の前には既に先回りして俺を阻もうと立ちはだかる青峰っち。
ここで決めなきゃ、否絶対に決める!
ここからなら一瞬でも青峰っちを躱せれば!
観客の声がワッと大きくなる。
歓声に後押しされるように体が動いて、まるでスロー再生みたいに感じた。
躱した、いける!
そう確信してシュートモーションに入った瞬間、

「涼太っ!!」
「!?」







「行けっ!涼太っ!!」
思わずそう叫んでいた。
応援は全力でしてたけど、名前まで呼ぶつもりなかったのに。
『名前、やるね』なんて声が隣から聞こえて肘で突かれた。
青峰彼女はにっこり笑って嬉しそうにしている。
予想以上に響いてしまった自分の声にヤバイと口元を押さえるも既に遅く、その声はどうやら本人にしっかり届いてしまったらしい。
それも良くない方向に効果を出してしまったみたい。

ガッ!

「はあ!?」
「何やってんだ黄瀬!」
「っは!すんません!うああああっ」

青峰さんのドスの聞いた声が響き、チームメイトの罵声が響き、黄瀬さんの謝る声が響いた。
さっきの黄瀬さんのシュートは入らなかったけど、仲間のフォローで無事得点して2分間のインターバルに入る。
ベンチに戻りながらキョロキョロする黄瀬さんは主将さんにバシッと頭を叩かれていた。
それでも最後とばかりに振り返った彼の眼が私を捉える。

「!」

目を見開きまっすぐ私を見る黄瀬さん。
その表情はゆっくりと変化して…戸惑い、切なく歪み、まるで助けを求めるみたいに縋るようなものに変わる。
心臓を鷲掴みされたような気分になった。
やっぱりあの時の私の言葉は彼を酷く傷付けていたんだろう。
謝りたい、伝えたい。
周りの目もあるしもうあんな大声は出せないから…

「(が、ん、ばっ、て)」
「!」
「(りょ、う、た)」

口パクの私の応援は彼に届いただろうか。
…ああ、無事届いたみたいだ。
大きく頷いた彼の顔は満開の笑顔で、私の心臓はうるさく鳴り始める。
タオルで顔を豪快に拭いてから両手で自分の顔をバチンと叩いた黄瀬さんが、チームメイトの視線を集めた。
その仲間から次から次へとバシバシと背中に激励を受けて、インターバル終了の合図が響く。
立ち上がった黄瀬さんはまっすぐに私の方を見てその唇を動かした。

「(み、て、て)」

込み上げてくるものを抑えきれずに瞳に水分が溢れ出す。
ただ口パクの会話をしただけなのにって思われるかもしれない。
だけど今の私にとっては、この一瞬が、どんなに小さなやり取りでさえも全てが宝物だと思えるのだ。


「涼太、嬉しそう」
「!」
「名前の事大好きだよね」
「っ、何言ってるの!」
「何って、見たまんまを言ってるだけだよ」

コートで輝くあの金色をずっと見ていたい。
だけどこの想いも伝えたい。
欲張りな私は騒ぐ心臓をぎゅっと手で握り締め、最後まで彼らの闘いを見守った。










試合が終わり、会場周辺も人が疎らになった頃。
約束なんてしてなかったけど、関係者出入口から少し離れた場所で待っていた私の元に当たり前のように黄瀬さんが走ってきてくれた。
試合は負けてしまったけど青峰さんとの闘いは観客を大いに盛り上げていたし、最後まで諦めずに向かっていく姿はすごくかっこ良かった。
当然本人は納得いってないけど、もう再戦に向けて気持ちは切り替わってるみたい。
軽くぎこちない会話を交わして、『お疲れ様』『ありがとう』の一言を発した後暫く無言になっていたのだけど、二人はまるでタイミングを合わせたみたいに同時に口を開いていた。

「ごめんね」「ごめん」
「「え?」」

それから同時に、お互いが謝っている意味を分かっていないリアクション。
先に話し出したのは黄瀬さんだった。

「ずっと謝りたかったんス。俺の理想論、勝手に一人でベラベラ喋って…名前さんの気持ちも考えずにホント…すんませんッス」
「え?ちょっと待って?それ別に謝るような事じゃ、」
「え?だって、なんでそんな事言うのって、実際俺名前さんに悲しい顔させちゃったし」
「そ、それ!私はそれを謝りたかったの」
「え?」

黄瀬さんはキョトンとしていてやっぱり意味が分かっていないみたい。
彼の謝罪を聞いて、予想通りあの時の私の言葉や態度が彼を悩ませてしまっていたんだという事実を受け止める。
私はそれを謝罪して、それで伝えなきゃならない。

「ごめんね」
「え、ちょっと…名前さん?」
「…本当は嬉しかった」
「へ」
「そうだったらいいのにって思ってたのに、同じ気持ちだったんだって、すごい嬉しかったのに」
「っ」
「いつかまた別れがやってくるなら、これ以上踏み込んだらただ辛いだけだって…私、自分の事しか考えてなくて」
「名前、さん」
「涼太くんを好きな気持ち、なかった事にしようとしてた」
「!」

言い切った。
少しの達成感と共に小さく息を吐いた瞬間…
ドスンという衝撃を受けて呼吸が止まりそうになった。
視界いっぱいに黄瀬さんのふわふわのマフラー、頭上で聞こえる吐息、背中に回された震える腕。
今、黄瀬さんに抱き締められてるんだと実感してしまえば、今度は狂ったみたいに心臓が暴れ出した。
けど今日はそれだけじゃ済まなかったみたいだ。

「っ好きッス」
「!」
「名前さん、好きッス…名前、名前」
「りょ、涼太くん!?」
「ごめんっ、俺!嬉し過ぎてっ」
「う、苦しっ」
「ごめん、緩めらんない!好きッス、好き」
「!?」

ぎゅうぎゅうと彼の腕が私を抱き締めた。
マフラーに埋まった顔を横に向けて息継ぎすれば『ごめん』と言われたけど結局その腕の力は緩まる事はなくて、背を丸め更に距離が近付いた彼の前髪が私の鼻先を擽る。
思わず少し顔を上げれば、髪の隙間から覗く綺麗な瞳に捕らえられて動けなくなった。

「…したいッス」
「え」
「キス」
「えっ」
「キス、したいッス」
「涼、太、」
「名前」
「っ!」

真剣な瞳がゆっくり近付く…鼻と鼻がくっついて、私が目を閉じるのと同時に触れ合った唇。
心臓が煩いのは変わらなかったけど、じんわりと熱が伝わっていく感覚を心地よいと感じていた。
その熱がそっと離れていく事に名残惜しさを感じつつ、至近距離で彼の顔を視界に入れる。
そこには初めて見るちょっと照れたような、でも無邪気な『笑顔』があった。
ああ、これがきっと私が見たかった笑顔だ。

「順番間違えちゃったッス」
「?」
「名前、俺と付き合って?」
「!」
「お願い」
「そんなの、聞かなくたって」
「俺の彼女になって欲しいッス」
「だから、」
「返事、ちょうだい?」
「〜っ!い、いいよ!!」
「っへへ!やった!!」

黄瀬さんってこんなに可愛かったの!?
なんて思ってしまうほど今日の彼は真っ直ぐだ。
そんな彼に絆されて、所在なく彷徨っていた両腕を彼の腰に回した。
頭上でへへっと幸せそうな笑いが漏れてつられて私も笑う。
こんな穏やかで柔らかで幸せな日がやって来るなんて思ってなかったけど、今はただこの幸せを感じていたいと、回した腕に力を込めた。

もう二度とこの気持ちを諦めたくない。
もう二度と彼の笑顔を曇らせたくない。




だから、ね。

「絶対、もう離れないよ」
「ていうかもう、俺が離さないッスよ」



20161223

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