Never ever | ナノ

33

『じゃあ…もう1つの理由だ』

そう言って青峰彼女はもう一度にっこり笑うとまた私をまっすぐ見つめて、ゆっくりと話し出す。
『質問は後でバシバシ受け付けるから…まずは私の話、最後まで聞いてみて。ある女の人の物語』
そんな前置きから…
私はなんだか言葉を発する気になれず、静かに頷いてその物語に耳を傾けた。




ある所に、漫画好きで彼氏なし、毎日仕事に明け暮れ、楽しみは漫画と親友との晩酌というなんとも残念な女の人がいました。
漫画に出てくる自分の大好きなキャラクターについて親友と語り合う事が彼女にとって幸せな時間でした。
ある時、彼女は仕事の帰り道に一人の男の子に出会いました。
ついに彼女にも春が…来れば良かったのですが、その男の子は彼女にとって色々と有り得ない人物なのでした。
なんと彼は、彼女の大好きな漫画の登場人物だったのです。
でも残念ながら大好きなキャラクターではありませんでした。
話を聞くにどうやら漫画の世界からやって来たと見て間違いないようです。
有り得ない状況に驚くと共に目の前の相手にがっかりしつつも、妥協に妥協を重ねて男の子を助けてあげる事にして…二人の妙な共同生活が始まりました。
二人は反発し合ってばかりでしたが、毎日の暮らしの中でいつしかお互いを思い合うようになっていました。
特別好きなキャラクターではなかった彼の事を、彼女は一緒に過ごす事で好きになっていったのです。

けれど別れは突然やって来ました。
いつもの様に一緒に寝たはずの彼は翌日、彼女の隣には居ませんでした。

思いが通じ合った二人は引き裂かれそれぞれが元の生活に戻りましたが、ポッカリ空いた穴はどうやっても埋める事は出来ません。

もう二度と会う事が出来ないと憔悴しきっていた彼女ですが、ある日…
目が覚めたら世界は変わっていました。
そしてその世界にはあの男の子が存在していたのです。
二人は突然訪れた再会を喜びました。
不思議ともう二度と離れることはないと思えました。
思いはきっと何よりも強い。
この世界で今でもずっと幸せに暮らす二人のお話でした。



優しく微笑む青峰彼女。
私はといえば、何から聞けばいいか分からないし手足は震えるし声だってうまく出せない。
そんな私の震える手を青峰彼女はしっかりと握って目を合わせた。
「はい、おしまいです」
「…」
「ハッピーエンド」
「…その…女の子って」
「今は大好きな漫画の世界で…こうやって大学生してる」
「っ」
「大丈夫。大丈夫だよ」
「っ私…もう、」
「消えない」
「!」
「消えないよ。今の私と一緒、ずっとこの世界で生きてく」
「っ消えない…ずっと」
「うん、ずっと…だから泣かないで」

自分がいつから涙を流していたのか分からない。
涙腺が壊れてしまったみたいにポロポロ落ちる涙。
ずっとこの世界に居られる。
もしただ異世界に飛ばされてしまうだけの話だったなら、元の世界に帰れない事を嘆くのが普通かもしれない。
でも私は違った。
女の子が彼女であった事に安堵して、彼女が大切な人と幸せな今を歩いている事に歓喜して、自分にもこの世界での未来があるのだと打ち震えていた。

「名前」
「うん」
「大丈夫」
「うん」
「別れを怖がる心配なんてもうしなくていいんだよ」
「っうん」
「もっと早く伝えてあげれば良かったよね、ごめん」
「っそんなの!私が意気地無しだっただけで」
「気持ち分かるから」
「っ」
「好きな人と離れ離れになる時の気持ち」
「青峰彼女っ」

彼女も出会いと別れを繰り返して苦しんで来たんだと、幸福に満たされたその笑顔を見て改めて思った。
私も彼女のようにこうやって幸せを表現出来るようになれるだろうか。
それはきっと…

私次第。
「名前次第だよ」
「えっ」
「名前がどうしたいか。これからどう在りたいか」
「…」
「ふふーん、実は今日大輝と涼太のチームの試合でしてね」
「!」
「なんとここに2枚の観戦チケットがあります」
「!?」
「なのでよろしければ私と観に行ってくれたりしませんか?」
「っ、もう」
「うん?」
「周到だよ」
「勿論いい意味で、だよね?」
「当たり前」
「で?お返事は?」
「…行く、行きたい」
「よし、決まり!」
「ありがとう、青峰彼女」



青峰彼女と青峰さんの話を他にも沢山聞いた。
黄瀬さんとの出会いもちゃんと聞いた。
ちゃんと。
それは切なくて辛い片想いの話で、彼の想い人だった青峰彼女に私は少なからず嫉妬した。
青峰彼女じゃなく私の元に一番に来てくれれば良かったのにとも思った。
でも多分それじゃ私が好きになった黄瀬さんじゃなかったとも思う。
『…なんでまた来ちゃったんスかね、俺』
夕日に照らされたあの哀愁漂う彼の姿は今でも私の中に焼き付いてる。
青峰彼女から話を聞いた今ならあの時の彼の気持ちが分かる気がした。
いつかは元の世界に戻ってしまうなら、人と深く関わりたくない。
今思えば会話の中の彼の言葉にはそんな気持ちが込められたものが多々あったのかもしれない。


会いたかったって言ってくれた。
会いたいって一生懸命伝えてくれた。
バイト先に来てくれたりこんな私を女の子扱いしてくれたり、沢山沢山嬉しい事言ってくれたり。

『俺の部屋の前に居てくれたら良かったのになって』
『俺の部屋で寝て起きてご飯食べて、帰ったら『おかえり』が待ってて、一緒にテレビ見たりご飯作ったり掃除したり、それで』

すごく嬉しかったのに。
そんな彼の言葉を否定するような事を言ってしまった私を…黄瀬さんはどんな風に思ったかな。



妙に落ち着かない気持ちのまま青峰彼女と二人、試合が行われる会場に到着した。
人気チーム同士の対戦という事で沢山の人で溢れている。
黄瀬さんが今私をどう思ってるかは分からない。
今は会いたくないかもしれないし、もしかしたらもう呆れられたり失望されてしまったかもしれない。
それでも身勝手な私は自分の思いを伝えたいって思った。
場内に入る前、無意識にグッと握り締めていた拳は震えていた。

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