Never ever | ナノ

32

もうすぐ日付が変わるという頃。
バイトを終えて店を出ようとドアを開けた瞬間、思いもよらない人に遭遇した私は大袈裟に一歩下がってしまった。
本当に驚いただけなのだ、他意はない。

「名前さんっ!えーと…あの…お、お疲れ様ッス」
「…」
「!ひっ、引かれた!今絶対引かれたッス!」
「え!いや!なんで!?」
「俺ストーカーとかじゃないッスから絶対!」
「え!?待って!そんな事思ってないからっ」

一人でマイナス思考に溺れる黄瀬さんを宥める。
びっくりしたのは確かだけど私が黄瀬さんに対してそんな事思うはずはないし、むしろ会えて嬉しいって思ったけどそれは言えずに口ごもった。



「名前さんがここでも働いてるって事、青峰彼女っちに聞いて」
「そっか」
「いつもこんな遅いんスか?」
「たまにね、でも週に何回もないよ」
「でも危ないッス」
「大丈夫だよ、私みたいなの」
「大丈夫じゃねえッスよ!女の子なんスから!」
「!」
「名前さんが危ない目に遭ったら俺、」
「あ、ありがとう…心配してくれて」
「心配ッスよ。ホント…女の子って、自覚して下さいッス」
歩きながらの会話に私は動揺しまくっていた。
女の子女の子って…そりゃ女ですけど、今まで誰かからこんな風に『女の子扱い』された事なんて記憶にないし、こんな誰もが振り返る人気者に心配して貰えるなんて人に見られたり聞かれたりしたら後ろから刺されそうだ。
それくらいに黄瀬さんは人目を引く人物だという事。
現に、時間的に人数は少ないけどすれ違う通行人は大抵彼を気にして振り返る。
ニット帽を深く被ってたってこれだ。
経緯はどうであれ私はとんでもない人に出会って落ちてしまったのだと、こちらの世界に来てからよく思うようになっていた。
私の世界で、私の部屋で暮らしていた彼とはその『在り方』が全く違うのだ。
だけど話す度に、会う度に、彼の笑顔を見る度に、私はどんどん深みにはまっていくだけ。
もう自分にさえ誤魔化しは効かなくなっていた。



結局危ないから送ると押し通した黄瀬さんと二人、家に向かって歩いている。
私が折れて『じゃあお願い』と言った時にはまた目が爛々と輝いていて、もうホントこの人可愛い過ぎる!という言葉を私はなんとか飲み込んだ。

「涼太くん…明日も練習なんじゃないの?」
「明日は午後からなんスよ」
「でも夜更かしは良くないよ?」
「…また子供扱いされた」
「そんな事ないよ」
「…俺って頼りないッスか?」
「え?」
ポツリと呟かれた言葉は悲しげな音で夜の道に響く。
そして黙り込んでしまった。
突然どうしたのだろうと少し俯く彼の表情を覗き込むと、揺れる瞳が私の目を捉えた。

「名前さんの世界に居る時も…俺迷惑かけっぱだったし」
「え」
「こっちに来てくれた事、ホントに嬉しかったけど…なんかちゃんと住む場所とかあるし仕事もしてるし…」
「涼太くん?」
「やっぱり俺が色々お世話してあげたかったッス」
「!」
「俺の部屋の前に居てくれたら良かったのになって」
「っ」
「俺の部屋で寝て起きてご飯食べて、帰ったら『おかえり』が待ってて、一緒にテレビ見たりご飯作ったり掃除したり、それで」
「っ涼太くん!?」

思わず止めてしまったのはこれ以上私の顔が熱くなるのを回避する為で、これ以上何か期待しないようにする為で仕方ない事だと思う。
嬉しいけど!嬉しいけど!!
だって私もいつか涼太くんみたいにある日突然元の世界に戻ってしまって、また同じ虚無感に苦しむ事になる。
それならなるべく傷が浅く済むようにいたいとどうしても防衛本能が働いてしまうのだ。
たまにどこかに出掛けたり他愛もない話をしたりこうやってただ一緒に歩いたり、それだけで充分。
それ以上を求めたらいけない。
私は間違ってる?
でも私は、
なのに彼は、
「っどうして、そんな事言うかな」
「…え」

ちょうどマンションの前に着いて二人の足が止まる。
私は俯いたまま顔を上げる事が出来ないでいた。
「名前さん?」
不安気な声で名前を呼ばれる。
胸の辺りがチクチク痛い。
俯く視界にそっと近付いてくる黄瀬さんの手が見えて、無意識に、本当に無意識のうちに私は少し身を引いてしまっていた。
ハッと気付いた時にはもう遅くて、顔を上げれば酷く傷付いた顔をした黄瀬さんが立ち尽くしていた。

「ごめん、ね…」
「っ」
「ありがとう…送ってくれて」
「…うん」
「…じゃあ」

彼の言葉は震えるくらいに嬉しかったし、あんな態度取るつもりなんてなかったし、こんな顔をさせたかったわけじゃないし、私は一体どうしたいの?
もう心の中がぐちゃぐちゃだ。






「どうしてそんなに悩むの?」
「え」
「涼太はあんなに名前にご執心なのに」
「いや、なんかそれは語弊が」
「ないよ、ホントの事」

まっすぐに私を見てそう断言するのは青峰彼女。
黄瀬さんに送って貰った日から1週間くらい経っていた。
私が妙な言い方をしたせいで落ち込む黄瀬さんと、頑なに前に進まない私を見兼ねて、多分私に何か理由があると踏んだのか彼女からお呼び出しをくらって今に至る。
きっと彼女が見出だした答はこうだ。

「涼太と私の事気にしてるの?大輝が余計な事言ったから」

やっぱり。

「…いや、それは…まあ確かに気にしたけど」
「けど?」

けど、そういう気持ちの面だけじゃどうにもならない事が私にはある。
黄瀬さんが青峰彼女の事を好きだった。
確かにそれは私にとってかなり気になってしまう事ではあったけどそういうのじゃない。
今私が悩んでいる事を人に話した所で通じるわけもないし、いくら友達になったからって『私は別の世界からやってきました、いつか突然居なくなります、だから恋なんて出来ません』なんて言われた方は反応に困るだろう。
暫くお互い黙ったまま。
私の言葉の続きを待つ青峰彼女の顔は真剣で、その瞳は包み隠さず全部を話して欲しいと物語っている。
この子は…いや、この子なら私の話を信じてくれるだろうか。
そんな事を思い始めた頃、青峰彼女が一度ゆっくりと深呼吸をして…
優しく笑った。

「じゃあ…もう1つの理由だ」

自信あり気に落とされた言葉に私はわけが分からず、ただその言葉の続きを待った。

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