Never ever | ナノ

30

「アイスコーヒー」
「っはい!かしこまりました、…あ」
「あ?お前」
「い、いらっしゃいませ」
考え事をしながらの仕事は集中を欠いていて、不意の注文に顔を上げれば長身強面のお客様が私を見下ろしていた。
青峰さんだ。
彼も有名人だし客入りの少ない時間を選んだのかは分からないけど、一度周りを見渡して誰も気付いていない事にホッとしたのか気怠くため息を吐いた。
キャップの鍔をツンと弾いて見せた瞳は相変わらず鋭い。
そしてコーヒーを準備している間の視線が痛い。
「この間はどうも」
「あ?」
「彼女さんお借りしまして」
「あー、別に」
「お迎えご苦労様でした」
「はあ!?別に迎えに行ってねえし、たまたまだっつっただろうが」
「あはは」
「…お前わざと言ってんだろ」
「いえいえそんな。お待たせしました、アイスコーヒーです」
「ッチ」
荒っぽくコーヒーを受け取ると青峰さんは目の前のカウンターにドカリと腰を下ろした。
あれ、てっきり離れた席に行くと思ってたのに。
予想外の行動にポカンとしていると更に予想外の言葉が響いた。
「お前、黄瀬の何?」
「…へ!?」
妙な声が出てしまった。
だって聞き方!
直球過ぎて急過ぎてもう本当にこの人はなんなんだ…そんな思いで少し睨むように見返すと、鋭い瞳は私をまるで観察するかのように見ていた。
敵意すら感じる。
「何、と言われても」
「答えらんねえの?」
「…ちょうどいい言葉が見つかりません」
「…」
「…」
「年下とちょっと遊んでやろうって気なら関わんな」
「え?」
何を言ってんの、この人は。
私がそんな風に考えてると思ってたの?
そんな気は更々ないし、いつ消えてしまうかも分からない不安定な私の心境だって何も知らないくせに!
さすがにムカッ腹立った私は何か言ってやろうと意気込んだけれど、『何も』知らないこの人に何を言ったところで理解して貰えるわけもない。
現実離れしたこんな事話したって、何一つ通じるはずがないのだ。
ぐっと口ごもると青峰さんは更に続けた。
「黄瀬はバカだ」
「え」
「すげえバカだ」
「あ、あの」
「すげえバカだし…惚れた女の為に、相手の男の婚約指輪選び手伝っちまうような救いようがねえバカだ」
「!」
「だからテキトーな考えであのバカに近付くの止めろ」
「っ」
「アイツが病んで使い物になんねえと試合もつまんなくなるんだよ」
呆気に取られる私から視線を外すと、青峰さんは一気にコーヒーを飲み干して席を立った。
「…」
次のお客様が来店するまで私はずっとその場に立ち尽くしていた。
不安定な心に追い討ちを掛けられた気がした。




『惚れた女の為に、相手の男の婚約指輪選び手伝っちまうような』
それはつまり、黄瀬さんが惚れた女っていうのが青峰彼女で…相手の男っていうのが青峰さんで…二人の婚約指輪選びを手伝ったっていうのが黄瀬さんで。
彼女の左手で輝きを放っていたあの指輪には、黄瀬さんの思いも込められているのだろうか。

『テキトーな考えで』なんて、なんで青峰さんにそんな事言われなきゃいけないのってすごく腹が立ったしモヤモヤしたけど、落ち着いてよく考えてみたら彼の心境も見えてきた。
曲がり形にも、って言ったら失礼だけど青峰さんは青峰彼女の彼だ。
根はきっといい人に…いや、まあなんとも言えないけど。
きっと戦友である黄瀬さんに悪い虫が付かないようにって私の事を警戒してる。
確かに…理由はともあれ突然現れた形の私に不信感を抱くのは当然の事なのかもしれない。
私は…この世界に来ちゃいけなかった。
また会いたいなんて願っちゃいけなかった。
負は負を呼び寄せる。
彼らの世界に異物として紛れ込んでしまった私は、安定していたはずの彼らの生活に不要な負の感情をもたらしてしまうのかもしれない。
何よりも今の私自身が…負の塊だ。





「いらっしゃいませ」
「よお…ホット1つ」
「はい、お待ち下さい」
青峰さんがお店を訪れてから数日、今度は笠松さんが一人で来店した。
たまたま通りかかったら私の姿を見つけたらしい。
カウンターに腰掛けて意外だというような顔を向けて来た。
「お前ここでバイトしてたんだな」
「はい。そういえばお店の名前とかも言ったことなかったですね」
「だな。たまにここ来てんだけど、いつもすれ違ってたってわけか」
「わ、そうだったんですね」
「結構気に入ってんだ、ここ。静かだし時間によってはのんびり出来るしな」
「あー、それあんま儲かってないって言いたいんですか?店長〜」
「うわ、バカ!そういう意味じゃねえ!」
「分かってますよ〜。お客様、お静かにお願いいたします」
「…からかうな」
「っはは」
「アイスコーヒー」
「!」
「お」
会話中の笠松さんと私の間に突然ぬっと手が出て来て千円札が一枚、それと共に無愛想な注文が告げられた。
聞き覚えのあるその声は
「青峰じゃねえか」
「どーも」
「い、いらっしゃいませ」
私、この人が苦手だ。


笠松さんと青峰さんが会話している事に妙な新鮮さを感じつつ注文の品を作り終えカウンターに差し出す。
すぐにその場を離れようと身構えていたのにあっさり引き留められてしまった。
「おい…お前、黄瀬に何した」
「え?」
相変わらずの物言いにピクリと眉が上がる。
この間から大人しく聞いていればこの人は!
「アイツに何しやがったんだって聞いてんだよ」
「しやがったって…何もしてませんけど。むしろ本当に何も!」
「はあ?意味分かんねえ」
「そのまま返しますよ。青峰さんの質問の意味が分かりません」
「日本語分かんねえのかよ」
「そっちこそ人との会話の仕方を勉強した方がいいんじゃないですか?」
「ああ!?」
「なんですか、やりますか」
「んだとコラ」
「おい!止めろ、バカ!お前らなんでそんな険悪なんだよ!」
「その人が私に勝手に突っ掛かってくるだけですよ」
「はあ?突っ掛かってねえだろ!聞きてえ事を聞いてるだけだ」
「なら聞き方ってものを考えたらどうです?」
「いちいち腹立つ女だな!」
「止めろって、二人とも落ち着け」
…笠松さんが居てくれて良かった。
大人気なかった、私。
何カッカしてるんだろ。
一つ息を吐いて軽く頭を下げると、頭上で相手の大きな溜息が聞こえて危うくまた頭に血が上りかけた。
青峰彼女ごめん、私この人だけは人として好きになれない。
「黄瀬のヤツ」
仕事に戻ろうとした私を青峰さんはまた引き留めた。
私に言ったかなんて背を向けてるから分からないんだけど、どうしてもその名前に反応してしまったのだ。
「ふざけた試合しやがった。ありゃ間違いなく病んでる」
「ああ、昨日の試合の事か」
「見てたんすか」
「仲間と後輩の勇姿を観に行ったんだけどな。まあ、珍しく散漫だったな」
「客席気にしたりボケっとしやがって…だから確実にこの女が噛んでると思って来てみりゃ。クソ可愛くねえ」
「おい、青峰。苗字を責める事じゃねえだろ。試合が散々だったのはアイツ自身の問題だ」
「…」
「当たり所間違えてんだろ」
「言ったじゃないですか、私何もしてないって」
「あ?」
「だから、何もしてませんよ。メールも端的な返事しかしないし、仕事を理由にして会う事だって避けてます」
「はあ?」
「黄瀬さんの事テキトーになんて考えた事一度だってありませんけど!黄瀬さんの大切な戦友がこうやって私を邪険にするんだから、私がそこに自ら首突っ込むなんて馬鹿な事しません」
「…」
「以上です。何か文句ありますか、受け付けませんけど!」
「…いや、別に戦友とかじゃねえし…大切なとか…」
「は!?食い付くのそこ!?」
「ぶっは!お前ら面白れえな!話噛み合ってるようで合ってねえし!」
「面白くないです!」
「面白くねえ!」
「ぶ」
ツボってしまった笠松さんはテーブルに突っ伏してヒーヒー言っている。
残された私たちはお互い距離を取って渋々目を合わせた。
「青峰さんが黄瀬さんを心配してるって事は分かりましたよ」
「まあ…お前が群がる害虫じゃねえって事は分かったわ。オレは別に戦友とかじゃねえけど」
「はあ、左様ですか」
「やっぱ腹立つなお前」
青峰さんは私を一睨みすると、またコーヒーをイッキ飲みして出て行った。
あ、お釣…もういいや。
後で青峰彼女に渡そう。
疲れた。
「なんかお前ら…黄瀬を応援するって意味じゃ似た者同士かもな」
「止めてくださいよ」
「それこそ戦友になれんじゃねえか?」
「勘弁してください」
「詳しい事はよく分かんねえけどよ…まあ、お前が思うようにすればいいんじゃねえか?」
「…」
笠松さんは鈍いくせになんだかんだで的を得た事を言ったりする。
天敵が去った後も私の顔はそんなに酷かったのか、ブッと吹き出され爆笑された。
もういいです、好きなだけ笑ってくださいよ。


無駄に心が疲れた1日が終わった。

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