Never ever | ナノ

29

『俺に送らせて欲しいッス!』
前のめりでそう言われて断れるわけないというか、そもそもそんな嬉しい話を断るわけがないんだけど…青峰彼女を青峰さんが迎えに来て(たまたま通り掛かっただけだとか言ってたけどアレは絶対迎えに来たんだと思う)二人とサヨナラした後、私と黄瀬さんはゆっくり歩き出した。

「たい焼き、美味しかったッスね」
「ね」
「名前さんってあんこ嫌いなんスか?」
「え?」
「さっきカスタード食べてたから」
「ああ。嫌いじゃないんだけど好きでもないかなあ」
「そうなんスね。和スイーツはあんまりって感じスかね?」
「そうだね、どっちかというと洋菓子の方が好きかもね」
「っじゃあ!今度スイーツビュッフェとかどうスか!?」
「え?」
「え、あ!いや、」
ちょっと音量が上がった黄瀬さんに驚いて隣を見ると彼もバッチリこっちを見ていて…というか彼は始めからずっとこっちを見て話してくれていたみたいで、自分が少し俯いて歩いていた事に申し訳なくなる程彼は私の目をじっと見ていた。
だけど申し訳なく思うと同時に嬉しさも膨れ上がる。
「いいね、スイーツビュッフェ」
「へ」
「美味しいところ知ってるの?」
「!っ勿論ッス!!前に仕事で行ったところで!めちゃくちゃ美味しかったッスよ!」
「っふふ、そうなんだ」
「うん!」
「じゃあ、一緒に食べに行ってくれる?」
「んもっ、勿論ッスよ!!」
わ、黄瀬さんのテンション高い!
出会ってすぐの時に比べたら雲泥の差だ。
まああんな状況じゃ明るくなんて無理だったのかもしれないけど、彼の屈託のない全開の笑顔に本来はこんなに明るくて元気でキラキラしてる人だったのかと思わず笑みが溢れる。
再会だけでも十分に嬉しかったのに新たな一面を見られた気がして更に嬉しくなった。
トントン拍子で連絡先を交換して次に休みが重なった時に黄瀬さんオススメのビュッフェに行こうと決まった。
すごくすごく楽しみだ。
私の事覚えてるかなとか私なんかがとか、あんなにモヤモヤと悩んでいたのが嘘みたいに気分が晴れてる。
勿論彼が有名なバスケット選手で人気があって、一般人の私とこんな風に歩くのは御法度だって分かってはいる。
現にニット帽なんか被って人の目を欺こうとしてるし、なるべく閑静な通りを歩くようにしている事にも気付いているつもりだ。
だけど今だけはって思ってしまう私は身勝手だろうか。
元の世界にいた時みたいに…いや、あの時はこんな風に強く思ってはいなかったかもしれないけど、彼を独占したいって思ってしまったのだ。




「苗字…と黄瀬?」
「あ、笠松さん」
「っ笠松先輩!」
マンションの前で黄瀬さんにお礼を言って見送ろうとしていた時、ちょうど仕事帰りの笠松さんとバッタリ遭遇した。
一瞬、マズイと思った。
笠松さんには黄瀬さんと知り合いだなんて言ってないし、むしろ海常高校と言えば『笠松幸男』とか言っておいてこの状況は非常によろしくない。
だけどそんな事を考えていた私よりずっと焦った声で返事をしたのは黄瀬さんで、気持ち背筋を伸ばして笠松さんに向き合っていた。
「お前ら、知り合いだったのか」
「か、笠松先輩!あの、」
「ん?」
「笠松さん、実は私青峰さんの彼女さんと知り合いで」
「青峰の…あの出版社の」
「はい。知ってます?」
「ちょっとな」
「彼女からチケット譲って貰ったりして良くして貰ってるんですよ、私」
「へえ、じゃあこないだのチケットも」
「はい」
別に誤魔化すつもりじゃなかったけどまさか黄瀬さんとは異世界で出会いましたなんて言えるわけがないし、取って付けた様な理由をゴチャゴチャ言うのもおかしいしで結局色々と端折った話になってしまった。
笠松さんもすんなり受け入れてくれたし黄瀬さんも黙っているのでまあ間違ってはいなかったと思う。
だけど、続く笠松さんの話に私は大きく動揺してしまった。
なんの心の準備も出来てなかった。
「あの人に青峰がベタ惚れだったって聞いた時は、あの青峰がって驚いたけどな」
「そうなんですか、やっぱり」
「は?見て分かるのか?」
「はい、そりゃもう」
「そんなにか」
「今日もお迎え来てましたから」
「へえ」
「お似合いというか、とにかく彼女が幸せそうです」
「ならいいんじゃねえか?」
「まあ。でも見た所、青峰さんはきっと独占欲の塊ですね」
「確かにな。まあそのおかげで黄瀬も悔しい思いしたしな」
「え?」
「っか、笠松先輩!」
「なんだよ、お前も相当だったろ。よくここまで立ち直ったよな。どうなる事かと思ったけど落ち着いてホント良かったぜ」

笠松さんに全く悪気はないのは分かってる。
わざわざ回りくどく言うタイプでもないと思うし、単に話の流れでそうなっただけだ。
だけど私を動揺させるには十分すぎる内容だった。
青峰彼女が黄瀬さんの事をごく自然に『涼太』と呼んでいる事、黄瀬さんも彼女の事を親しげに『青峰彼女っち』と呼んでいる事が今更ガツンと心にのし掛かる。
ずっと黙っていた黄瀬さんが笠松さんに制止を求めるように大声を上げた事で私は更に困惑していた。
彼にとって他人に聞かれたくないような話なんだ。

「…りょ、涼太くん」
「っえ!」
「ありがとう、送ってくれて」
「全っ然!いいんスよ!」
「練習頑張って」
「っありがとッス!!」
「笠松さんも、お疲れ様です」
「おう、またな。黄瀬も気を付けて帰れよ?」
「…はいッス」
黄瀬さんの事を名前で呼んだのはちっぽけな対抗心なんだと思う。
私の知らない時間に知らない事があって今の彼らの関係があるという事は間違いなく事実なんだろうし、その事に私が疎外感を感じたりモヤモヤしたりするのは間違ってる。
それでもやっぱり受け入れられない私の貼り付けたみたいな笑顔の裏の心の中はグチャグチャで醜い。
そんな心境を一欠片だって知られたくなくて見られたくなくて、なんとか早く立ち去りたくてサヨナラを切り出したはずなんだけど…
さっさとエレベーターに乗って行ってしまった笠松さんを目で追って自分も足を踏み出そうとしたところで強く手を掴まれた。
「名前さん!」
「!」
「あ、あの、」
「…どうしたの」
「っ、」
黄瀬さんの顔が切なく歪んだ、っていうのは間違いかもしれないけど悲しい表情である事は確かだと思う。
『どうしたの』って抑揚のない思いの外冷たい言い方になってしまった自分に驚きつつ、彼のその表情を見ていたら息が苦しくなる程に悲しくなった。
私の言い方が今確実に彼を傷付けている。
だけど黄瀬さんは私を見る事を止めてくれなくて、手を掴んだまま一歩距離を縮めた。
「連絡するッス!」
「!」
「約束!次の休みにって、」
「っ、うん…ビュッフェね」
「〜っ、じゃあ!また!」
「うん」
ゆっくりと手が離れていって、黄瀬さんは何度か振り向きながら帰って行った。
その表情は笑顔ではあったけど私が見たい笑顔じゃなかった。
私、何してんだろ。
せっかく次会える約束が出来るんだから嬉しいはずだしもっと喜ぶべきなのに。
手放しに喜べない理由なんて明白だけど、今は自分のグチャグチャの心を大人しくさせる事で手一杯だった。

prev / next

[ back to top ]

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -