Never ever | ナノ

28

名前さんを見付けた試合から数日。
俺は一人悶々と悩み続けていた。
笠松先輩に彼女の事を話して、先輩を通して会わせて貰おうかどうしようか。
あの試合の日、俺が彼女の名前を叫んだのを先輩は聞いていなかったらしく何も聞かれなかった。
それが良かったのか悪かったのか分からないけど、いつまでも先輩に隠しておくのも忍びない。
かと言ってそんな事を先輩にお願いしていいものかと悩んでいた時、青峰彼女っちから連絡が来た。
『苗字名前さんと会いたい?』
俺は暫く声が出なかった。
なんで青峰彼女っちが彼女の名前を知ってるのか、それからなんで俺にそんな事を言うのか。
戸惑っているうちに彼女の口から名前さんとの出会いやその質問の意味が語られて、俺はそれを聞いてもっともっと名前さんに会いたくなってしまったんだ。

彼女は俺の事をちゃんと覚えていて
彼女は試合を観てくれて、感動してくれて、
『私…バスケット選手の黄瀬さんの、ファンになりました』
そう言ってくれたって。
純粋に嬉しかった。
だから俺は青峰彼女っちに彼女に会う機会を作って貰った。
『会いたいッス』って素直に口にしてしまって照れてたら青峰彼女っちに笑われた。
青峰っちには絶対言わないで欲しい、絶対馬鹿にされる。
それから数日後、俺はついに名前さんとの再会を果たす。


青峰彼女っちからのゴーサインが出るまでニット帽を被って木陰で待機。
寒いけどそんなの我慢だ。
最近撮ったばかりのスポーツブランドの巨大広告前のベンチに彼女が落ち着くまで、『絶対に飛び付いたら駄目だからね』なんてニヤニヤしながら言われて思わず顔が熱くなる。
そんな事しないッス!!
とか言いながら手は情けなくグーで震えてるし心なしか体は前のめり…はぁ、全然説得力ない。
日陰の寒さにそろそろ限界を感じてた時、ついに広場に青峰彼女っちに連れられて名前さんがやって来た。
楽しそうに笑ってて、ああもっと近くで見たい側に行きたいと体が動きそうになるのをぐっと堪える。
予定通りベンチに辿り着いた彼女は、巨大広告の俺に目を留めて見てくれてるみたいだった。
モデルの仕事なんていつもの事だし人に見られるのなんて慣れてるはずなのに、なんだかすっごい恥ずかしくて緊張して落ち着かない。
青峰彼女っちは少し彼女と話した後たい焼き屋に向かって歩き出した。
それから名前さんもゆっくりベンチに腰を下ろして…
やっばい、俺の番だ。
『行け!』って感じで青峰彼女っちが俺に向かってグーパンして来てついに出陣。
寒さが理由じゃない手足の震えに襲われながら俺は一歩踏み出した。
ゆっくり、だけど着実に彼女の背中に近付く。
バクバクと煩い心臓はこの際無視だ。
だってきっともうすぐ彼女の声が聞ける。
ほら、彼女まであと数歩。

「…涼太」

そっと囁くような彼女の声が、想定外の言葉を紡いだ。
ちょっと待って名前さんっ。
そんな心の準備なんか出来てなかったッスよ。


「名前さんっ」
突然の俺の声に多分相当驚いたんだと思うけど、彼女はゆっくり振り返って俺を見てくれた。
あの広告と同一人物とは思えないほど、きっと情けない顔してると思う。
何も言わない彼女に俺は会えた喜びを伝えたくて言葉に乗せる。
「いらっしゃい、名前さん」
「会いたかったッス」
知らない世界に飛ばされて不安だろうし大変な事もあるだろうけど、俺は彼女がこっちに来てくれた事が嬉しいってとにかく伝えたかった。
いらっしゃいなんて失礼かもしれないしふざけるなって思われるかもしれないけど。
「名前さんがこっちの世界に来てくれた事、不謹慎だって分かってるけど俺…すげえ、嬉しいッス!」
ゆっくりと彼女に手を差し出す。
バカみたいに震えててめちゃくちゃカッコ悪い。

「こ、こっちでも」
「よろしくして欲しいッス」
「前みたいにっ」

勿論と答えてくれた彼女。
やっばい、すっげえ嬉しいッス!!
差し出してくれた彼女の手に我慢出来ずに思いっきり握手。
彼女の小さい手は少し温かくて、俺の冷えた指をじんわりと温めてくれた。
そんな俺の手を彼女は両手で包んでくれた。
びっくりしたけど何これ、めっちゃ幸せ。
俺が笑ったら名前さんも笑ってくれた。
ずっとこうしてたいッス。

だからたい焼き買って戻って来た青峰彼女っちに茶化されて離れた手をただ見送るだけなんて出来なくて名残惜しくて、思わず引き留めるみたいに両手で捕まえた。
「あ、えと…ほ、ほら!名前さんの手も冷たいじゃないスか!」
後で青峰彼女っちに冷やかされるの覚悟でバレバレのカッコ悪い言い訳をかます。
そして、ついでのワガママに俺の要望を一つ。
だってせっかく会えたんスもん。
「ていうか」
「なんスか、黄瀬さんって」
「涼太ッス!」
「さっき呼んでくれたじゃないスか」
「名前さん」
戸惑う彼女に心の中でゴメンネって呟きながら呼ばれるのを待つ俺は多分飼い主に名前呼んで貰うのを待ってる犬みたいだ。
『涼太』って一言、あと一回だけでいいから。
そう思ってた俺はまたまた想定外の彼女の攻撃にまんまとヤラレた。
「…涼太、くん…とか、呼んでみたり」
今日は間違いなくこっちに帰って来て一番幸せな日だ。

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