Never ever | ナノ

27

「やっと呼んでくれたッスね」


正面で微笑むあの広告が喋るわけなんかなくて、だけど幻聴にしてはやけにリアルで…すごく近くから響いたその声に私は大袈裟に体を跳ねさせた。
さっきまで人の気配なんて全然感じなかったのに、後ろからの声を耳に入れた瞬間に背後に誰か居るって全神経が訴えてくる。
その特徴的な喋り方を忘れるわけがないし、その声の音を忘れる事なんて出来ない。
振り向く勇気がないままの私の動揺に追い討ちをかけるように、また優しい声が響いた。

「名前さんっ」
「!」

ゆっくり振り向いた先にあったのはさっきの広告と全然違う、眉を下げ口元を引き結んだ情けない笑顔。
こんなに見上げるくらい背が高いのに小さな子供みたいだ。
その表情にぐらぐらと心が揺さぶられて、思いっきり抱き締めてあげたいなんて衝動に駆られる。
なかなか言葉を紡ぐ事が出来ない私の唇は僅かに震えていた。

「いらっしゃい、名前さん」
「…黄瀬さん」
「会いたかったッス」
「っ、わ、私も…」

黄瀬さんが会いたかったと言ってくれた事がすごく嬉しいはずなのに、ついこの間彼の事を無視してしまった事を思い出して中途半端な返事になってしまった。
せっかくこんな所で会えたのにダメだこんなんじゃ。
勢いよく立ち上がって体を反転させベンチを挟んだまま黄瀬さんと向かい合うと同時、私はその勢いのまま大声をあげた。
「っごめんね!」
「え?」
「この前っ、呼んでくれたのに」
「!」
「な、なんて言うか、」
「いいんス!全然いいんスよ!!」
「え」
「すいません、名前さん」
「え、何?」
「名前さんがこっちの世界に来てくれた事、不謹慎だって分かってるけど俺…すげえ、嬉しいッス!」
「!」
懐かしい無邪気な笑顔にギュッと胸を掴まれたみたいに苦しくなって思わず肩が上がる。
ゆっくりと目の前に差し出された彼の掌は少し震えているように見えた。
「こ、こっちでも」
「ん?」
「よろしくして欲しいッス」
「!」
「前みたいにっ」
「っ、うん!も、勿論!」
「!!う〜っ、良かった!」
そっと差し出した私の手はパシンといい音を立てて黄瀬さんの掌に収まった。
ギュッと握られた私の手は寒さで冷えていたはずなのに、それよりもずっと冷たいまるで氷みたいな彼の手に驚く。
まるでずっと外に居たみたいに…
「…手、冷たい」
「っご、ごめんなさいッス!!」
「あ、大丈夫、そうじゃなくて」
「え?」
気付いたら私は黄瀬さんの手を両手で包み込んでいた。
目を見開いた黄瀬さんの顔に、嫌だったかなと不安になったけれどそれは杞憂に終わる。
「あったかいッス!」
「!っはは!黄瀬さんが冷たすぎるんだよ」
満開って感じの笑顔に私の頬も上がった。
わ、どうしよ。
結構…いや、すっごく嬉しい。
懐かしくて擽ったくて柔らかい空気が流れていた。



「おまたせ!たい焼き3つ!」
「っ青峰彼女!」
「青峰彼女っち」
「むふふ!なんだか良い再会が出来たようで」
ニコニコ、いやニヤニヤしながらたい焼きを抱えて青峰彼女が戻って来た。
黄瀬さんが彼女の事を『青峰彼女っち』と呼んだ事に胸の辺りが少しモヤッとしたのを押し隠す。
そんな私の心情を知ってか知らずか、彼女の視線が私の目から手元に移動して更に笑みが深まった。
そういえば!
黄瀬さんの手を包み込んだままだった!
す、すぐ放さなきゃ!…いや、ダメダメ。
普通なら勢いよく振り払ってしまうところだったけれど、せっかくこうやって黄瀬さんに会えたのにそんな事したらダメだ。
なるべく自然に自然に手を放すようにゆっくり力を抜いていくと彼の手の力も少し弛んで、離れてしまう事に身勝手に少しの寂しさを覚えながら手元に視線を落とした。
ああ、離れてく…
と思ったのだけど、
「!?」
「っあ、」
「…き、黄瀬さん?」
「あ、えと…ほ、ほら!名前さんの手も冷たいじゃないスか!」
一度離れた手は重力に従って定位置に戻るのではなくその場でまた触れ合っていた。
今度は私の手が黄瀬さんの両手に包まれて。
「ていうか」
「え?」
「なんスか、黄瀬さんって」
「え」
手元に落としていた視線を上げると、少し口を尖らせムスッとした顔の黄瀬さんと目が合った。
「黄瀬さ」
「涼太ッス!」
「う、うん」
「さっき呼んでくれたじゃないスか」
「うん」
「名前さん」
暫く会わないうちに黄瀬さんはなんだか子供っぽくなったんじゃないだろうか。
こんな事言ったら嫌かもしれないけど…可愛い。
「…涼太、くん…とか、呼んでみたり」
正面切って呼び捨てするのが無性に恥ずかしくなってしまった私は『くん』を付けて誤魔化したのだけれど…
嫌だったのかなんなのか彼はピシリと固まってしまった。
「あれ…ダメか」
「…」
「ごめん。さっきの、ナシな方向で、」
「あ、有りッス、全然」
嫌じゃなかったらしい。
ホッと胸を撫で下ろしてへらりと笑えば、笑い返してくれた黄瀬さんの顔は少しだけ照れているみたいだった。
「ご両人、たい焼き冷めますよ〜」
「「!」」
「まあとりあえず座って仲良く食べようよ」
「っそうだね!食べよう!」
「涼太もこっち側来て座りなよ」
「い、いただくッス!」
いつの間にか熱過ぎるくらいに温まっていた手と手が離れた。
でももう寂しいとか思わない。
今日はこの世界に来て一番幸せな日かもしれない。

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