Never ever | ナノ

26

『今日、忙しいですか!』

「…質問だと思うんだけどこの言い切ってる感はなんだろ」
丸一日オフの朝、青峰彼女さんからの勢いのあるメールに苦笑いしながらゆっくり返事を考える。
多分遊びのお誘いだろうけど特に用もないしいいかと『暇です』なんて送ってみた。
1分も待たずに着信があって、苦笑いを通り越して私は今度こそ笑ってしまった。

『名前さんっ』
「っぶふ、はい…おはようございます」
『あ、おはようございます!ごめんなさい、突然』
「いえいえ、暇してたし平気です」
『あの…一緒にお出掛けしませんか!』
「勿論、いいですよ?」
『〜っ、はあ……良かった!』
「え、私暇だって言ったし断ったりしませんよ」
『あ、はは。ごめんなさい、慌てて』

私なんかとそんなに会いたかったのだろうかと不思議に思いつつ通話を終えて準備を始める。
彼女にはこの間のチケットのお礼もしてないし今日はご馳走させて貰おう。
何をするかは決まってないみたいだけど『友達』とするならランチにショッピングかな。
友達という響きが妙に擽ったくて頬が上がる。
こちらの世界に来てから女友達が出来るきっかけがなかった。
バイト先に女の子はいるけど反が合わないというか…彼氏探しで働いてるような子だったり、流行最先端って感じで半端者は寄せ付けない感じの子だったりまともに友達なんか出来そうにないなと思っていたところだ。
レンタルショップに至っては男性かパートの奥様方しかいない。
私は青峰彼女さんが友達になってくれませんかと言ってくれた事が純粋に嬉しかったんだと思う。
そのうちこの世界から私は消えてしまうかもしれないけど、なんだか同じ空気を持ってるみたいに感じる彼女の存在は今の私にとってきっと救いだ。


「名前さーん!」
呼ばれて振り返ると少し離れた所で青峰彼女さんが手を振っていた。
彼女の笑顔につられて笑いながら近付くと更に笑顔で出迎えられた。
「嬉しいです!来てくれて」
「こちらこそお誘いありがとう」
「ゆっくりお話もしたいと思ってたし!バスケの事とかも色々!」
「あ、それ私も。バスケ初心者だから色々教わりたい」
「嬉しい!うわ、今日楽しくなりそう」
「ね」
会って早々の会話であっという間に敬語が砕けていて少し距離が縮んだみたいで浮かれている自分に気付く。
動きを止めてしまった私に気付いたのか、彼女は照れ笑いをしながら一歩前へ出た。
「こんな感じでいい?…えーと、名前」
「!全然っ、いいよ…青峰彼女」
なんだろう、この二度目の青春味わってる感。
二人笑い合って歩き始めた。
いい一日になりそうだ。



ウィンドウショッピングを楽しんでスポーツショップを色々教わりながら巡って、ちょっとお洒落なお店で遅めのランチして、びっくりするくらい打ち解けてしまった私たちは時々照れ笑いしながら休日を楽しんだ。
この世界に来てこんなに楽しいのはきっと初めて。
今度心配性の笠松さんに自慢してみようかなんて、普段では考えないような事を考えてみたり。
青峰彼女がトイレに行っている間に会計を済ませておいて『この前のチケットのお礼』と告げれば『二次元のイケメン並!』なんて頬を染めて言われたので盛大に吹き出してしまった。
私は攻略対象か何かか。


お店を出て青峰彼女に案内して貰いながら少し歩くとまた沢山のショッピング施設が建ち並ぶ通りに出た。
人通りは思ったより少なく、露店があって緑も多くてベンチなんかもあっていい感じのデートスポットみたいだ。
天気がいいし然程寒くもないせいかベンチで寛いでいるカップルもちらほら。
「あのお店のたい焼きすっごい美味しいんだ!ご飯食べたばっかりだけど、どう?」
「え、いける!食べる!」
「やった!じゃああっちのベンチに座って食べよっか」
そう言って彼女が指差したのはちょっと陽当たりは良くないけど人も少なくてゆっくり出来そうなベンチだ。
とりあえず場所を確保しようと二人でそこまで歩いて行くと、私の目は正面のビルに釘付けになった。
「…」
「名前…ちょっと座ろうよ」
「!あ、そうだね、…うん」
「…黄瀬涼太」
「!」
ビルの壁面にはスポーツブランドの巨大広告が貼られていて、そこにはチームのユニホームを着てボールを片手に微笑む黄瀬さんの姿があった。
…綺麗。
プロバスケ選手の黄瀬涼太だ。
「涼太の事、気になる?」
「っえ、き、気になるって、」
彼女の言葉に驚いて隣を見ると思いの外優しい瞳と出会う。

「なんか初めて会って初めて話した時からずっと、名前はただのファンって感じじゃないなって思ってて」
「え」
「雰囲気も、選ぶ言葉もなんだか不思議だなって思ってて…」
「…」
「何か特別なもの感じるなとか思ってた」
「!」
「涼太が、気になる?」
「き、気になるって…あんな有名な人を私みたいなのが、」
「そうじゃなくて、アノ黄瀬涼太じゃなくて…」
青峰彼女はビルに貼り付いた黄瀬さんを指差して言った。
「ああいうんじゃない、名前が知ってる黄瀬涼太」
「!!」
「…」
「え、と…」
「…分かった」
「え」
「名前の顔見て分かったからとりあえずオッケー」
「え?な、なにそれ」
意味が分からない。
そんな呆気に取られる私の肩を押して彼女は笑った。
「ほら、座ってくださいませ?」
「え、たい焼き買いに行くんでしょ?」
「私が買ってくるから座ってお待ちくださーい。何がいい?」
「…カスタードクリーム」
「あんこじゃないの?」
「あんこはあんまり好きじゃない」
「分かった。じゃあ待ってて!黄瀬涼太眺めながら!」
「えっ、ちょっと」
「大人しく待っててね〜!」
笑いながら彼女はお店に向かってしまった。
一つ溜め息を吐いて彼女に背を向け、言われた通り大人しくベンチに腰を下ろす。
少し顔を上げると『黄瀬涼太』が変わらず優しく微笑んでいた。
私はもっと自然な笑顔知ってるけどな…
「!」
心の中で湧き出た自分の言葉に自分で驚いて頬を叩く。
全く…何言っちゃってるんだか。
「黄瀬さん」
この間の試合で私の名前呼んでくれたのに応えられなかった。
名前、呼んでくれたのに…
「…涼太」
意気地無しの小さい私の声はきっと届かない。

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