Never ever | ナノ

25

悔しいッス!
めちゃくちゃ悔しい!!
青峰っちのチームにまた負けた。
やっぱり俺の力不足。
チームの皆にも申し訳ないし応援してくれる人たちにも本当に申し訳ない。
それから…


「名前さん…にしか見えなかった」

相手チームのタイムアウト中に見付けた、大勢のお客さんの中のたった一人…俺がずっと会いたくて仕方なかったあの人が確かにあの場所に居た。
時間が止まったみたいに感じて一瞬周りの音さえも聞こえなくなって、もし今声を上げたら彼女に届くだろうかと自分の身を弁えない不謹慎な事を考える。
本当に、名前さん?
幻覚!?とか人違いかもとか色々思う所はあったけど、あの時どうしてもその彼女から目が離せなくなってしまった。
遠くて目が合ってるかは分からないけど向こうも俺を見てくれてる気がして。
主将の一声でやっと我に返り気持ちを試合に集中させる。
もし本当に本人だったとしても人違いだったとしても俺は今ここでの自分の仕事をしなきゃ。
自分を奮い起たせて青峰っちを睨み付ける。
『かかって来いよ』なんてニヤリ顔で口パクされれば一気に戦闘モードだ。


って結局惜しかったけど試合の敗けは敗けで…それは認めて前に進まなきゃなんない。
退場までファンの皆にひたすら感謝を伝えて、チーム全員クタクタになって控え室に戻った。
不自然にならないよう会場を見渡しながら来たけど、そこにまた彼女らしき人を見付ける事は出来なかった。
だけど、
「え!?」
「ん?どうした、黄瀬」
「あ、いや…時計が」
「時計?」
「止まってた時計が、今見たら普通に動いてて、え、なんで?」
「あー、いつもしてる華奢なやつな。直ったならいいんじゃねえか?」
「それは、そうなんスけど」
不思議な事が起きていた。
電池替えたって時計店で見て貰ったって原因不明で止まったままだった彼女の時計が動いていた。
ちゃんと今の時間を刻んでる。
ピクリとも動かなかった針が動いてる。
わけ分かんないけど、彼女との思い出の宝物が生き返った事は純粋に嬉しかった。



数日後。
リーグ戦の為に会場入り。
今日は笠松先輩に特別席を用意したけど来てくれるだろうか。
間近で俺の成長を観て貰いたいし、久しぶりに先輩の一喝も欲しかったりする。
今日の相手は順当に行けば勝てる相手だけど手を抜くなんて事は絶対にしない。
腕時計を見るともうすぐ練習の為にコートが開く時間だ。
先日の試合以来ずっと動き続けている時計をそっと一撫でして控え室に向かった。


試合はチームの勝利で終わった。
内容は完璧とまではいかなくてもいい感じで、チームメイトも皆満足してるみたいだ。
それぞれがそれぞれのやり方でファンの皆に感謝を伝えてる。
俺も今日は心から笑って声援に答える事が出来そう。
端から順番に手を降り笑って『ありがとう』を伝えれば称賛の拍手と声が沸き起こり、頑張った自分へのご褒美みたいに感じて気分はいい。
ここに彼女も居てくれたら…そんな夢みたいな事を考えながら次のブロックに移動した時、その夢みたいな事が起こった。
これ、夢ッスか?
ちょっと待って、…でも、でもあれは絶対、
横顔だけど見間違えるわけない。
向こうを向いていたその人がゆっくり顔をこっちに向ける、それがめちゃくちゃ遅いスローみたいに思えて俺は早く早くと気持ちが先走る。

…名前さん。
名前さんだ、絶対、間違いない。

遠くたって分かる。
何ヶ月経ったって忘れられなかった彼女の事を見間違えるなんて事絶対しない。
周りの音も景色も何もかもシャットダウンされて彼女だけを視界に入れればずっと夢見てた空間が出来上がる。
やばい、俺今ただの黄瀬涼太だ。
彼女に会いたくて仕方なかったただの一人の男。
震える体を拳を握って押さえ付けて本能のままに腹から喉から今日一番ってくらいの声を出した。

「っ名前さん!!!!」












通路の影に隠れて立ち尽くしてる俺は、正直今誰にも顔を見られたくない。
試合に勝ったっていうのにきっと酷くぐちゃぐちゃで情けない顔してる。
けどもうすぐ尊敬する先輩が会いに来る。
さっきまですぐそこで彼女と楽しげに、親しげに話してた…
「うお!こんなところで何やってんだ、黄瀬」
「…笠松先輩」
「おう。お疲れ、勝ったな」
「はい。来てくれて、ありがとうございます」
「なんだよ、元気ねえぞ?」
「っや、あー…ちょっと今日はしゃぎ過ぎちゃって」
「ガキかよ。まあ、調子良さそうだったしな」


自分が何を後悔してるのかよく分からなかった。
彼女に向かって叫んだ事なのか、会場を出て行った彼女を追い掛けた事なのか、話してる二人を隠れて見てしまった事なのか。
いや…違うかな。
どれを取っても結果は同じ事だったし後悔とは多分違う。
俺はただ運命の巡り合わせを恨んでるんだと思う。
なんで彼女は先輩に出会ってしまったんだろうって。
なんで俺の所に来てくれなかったんだろうって。
こっちでも一番に俺が出会いたかった。
笠松先輩と話していた彼女は紛れもなく名前さんだった。
声も話し方も動きも全部が俺の記憶の中にある彼女だ。
前に笠松先輩が言ってた事を思い出す。
『妙な空気持ってるっつうか、まあとにかくいいヤツって事は分かる』
先輩、間違ってないッスよ。
女の子が苦手な先輩が仲良くなったのも頷ける。
ボタン着けも裾直しも完璧で料理も出来て無条件に優しくて…
やっぱ先輩は見る目あるッス。

「…なんでなんスかね、ほんと」
「は?何が」
「何でもないッス」
「なんかお前今日おかしいぞ?」
「そんな事ないッスよ」

嘘吐きました、先輩。
俺やっぱおかしいッス。
逃げられちゃって悲しいし、先輩と彼女が出会った事が羨ましくて辛いし、なんでなんでって思う事ばっかりなのに…
会って話したい、名前さんと。
会いたい。

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