Never ever | ナノ

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「寒かった〜!温かいもの頼も!」
「おー。ったく、せっかくの休みが1日雨とか最悪だぜ。すげえ濡れた」
「そんな事言ってもしょうがないでしょ」
「風邪でもひいたらどうすんだよ」
「大丈夫、馬鹿は風邪なんてひかないから」
「はあ?誰が、」
「はい、おしまーい」
「おま…オレの扱い…」
「寒い!早く頼も」
「…へーへー。わーったよ」
夜のファミレス。
背中側から聞こえてくる恐らくカップルの会話に、私も同じく温かいもの食べたい気分ですなんて心の中で相槌を打ちながらメニューを開く。
午後から仕事もなく家に居る気分でもなかった私は一人寂しくショッピングを楽しんだ。
いや、別に寂しくはないけど。
休日の雨は確かに憂鬱だ。
歩けば濡れるし傘というお荷物も増える。
体は芯から冷えてしまったし私も早く何か食べて温まりたい。
ドリアとスープを注文してホッと息を吐く。
そして今日買ったものの1つをゴソゴソとバッグから取り出した。

『プロバスケ黄瀬涼太、自分との闘い』

表紙に太字斜体で書かれたこのスポーツ誌は、立ち寄った本屋で見付けた瞬間迷わず手に取ってしまったものだ。
すぐに会計してしまったのでまだ一度も開いていない。
この世界に来て初めて、『黄瀬涼太』という人物像に触れる事になる。
プロのバスケット選手だったなんて。
なんだか心して見なければという気持ちになった。



「先日の試合では大活躍でしたね。満足のいく結果だったと思います」
『どもッス…ただ満足はしてません。個人的に勝ちたい相手もいるんで』
「青峰選手でしょうか」
『はい。今のところチームとしては3勝5敗なんで…まだまだ俺の力が足りないと思ってます』
「中学のチームメイトであり、高校ではライバルであり、今でも肩を並べて競い合う…互いを高め合える良い関係ですね」
『青峰選手には感謝してます、色々。だからこそ負けたくない』
「試合前には言葉を交わしたりしますか?」
『んー、中学生みたいな会話してますね』
「中学生?例えば?」
『ぶっ倒してやるとか、望むところだとか、負けた方が何か奢れとか…あ、こんなのガキっぽ過ぎて皆に幻滅されちゃうかな』
「あはは!そんな事ないと思います。仲がいいんですね」
『俺が仲良しですって言っても彼は絶対「はあ?」とか言いますけどね』
「今の青峰選手にそっくりでした」
『げー、止めてくださいよ。まあ…無駄に付き合いは長いですからね』
「プライベートでも仲はいいんですか?」
『いい方だと思います、俺はね』
「今度青峰選手のインタビューの時にその事追求してみますね」
『えー、止めた方がいいッスよ?っていうかそれって結局俺が傷付きそうだから止めて!』


黄瀬さんだ…
笑顔の写真を見て騒ぐ胸を押さえる。
時折表れる印象的な語尾、眩しい程の笑顔、それから…
左腕にあるデジタル時計…今私がしているのと同じ。
あの黄瀬さんが本当にこの世界に居る。
私は本当に彼と同じ世界に来たんだとじわじわと実感し始めた。
異世界に来たという事は分かりきっていたけど、直接彼を見たわけじゃないし多分半信半疑だったんだろう。
だから会っても見てもいなくても黄瀬さんの影をこうやって確認する事でよりリアルに感じたのかもしれない。
どうであれ今は酷く妙な気分だ。
残りは家に帰ってから読もうとしまおうとした時、背後で女性の声が響いた。
「あっ!それ!!」
「…?」
何故かその声は私の背中に向かって聞こえた気がして、間違えたら結構恥ずかしいけどとりあえず少しだけ振り返ってみる。
安易な行動を起こした私は後ろに居た人物を見てギョッとした。
「っあ、青、」
「あ!この人の事も知ってます?」
「え、あ、青峰、さん?」
「…あ?」
「こら大輝!怖がらせないの!」
「はあ?なんもしてねえよ」
「ごめんなさい!びっくりしましたよね?」
「い、いえ」
多分大学生くらいの女の子と、その隣に居るのは…青峰大輝だ。
目付きが悪くて声も低くて態度もなんだかもう、色々怖い!
今さっき読んでいたスポーツ誌にも名前が出ていた、それから元の世界での夢にも出て来ていたあの青峰。
呆然としていると女の子の方が目を輝かせながら身を乗り出してきた。
「あの!もしかして黄瀬涼太選手のファンですか!?」
「えっ」
「熱心に読んでたみたいなので!」
動揺した私に構わず更にズイと近付いて答えを待つ彼女はちょっと興奮しているようだ。
目をキラキラさせて微笑んでいる。
何か答えなければ…
「ふ、ファン、というか」
「?」
「試合は観たことなくて」
「あ、そうなんですか!」
「本人も、まだ目で確認したは事ない、というか」
な、何言ってるの私は!
なんだか親しみやすい彼女の雰囲気にのまれて自然に口を開いてしまった。
しかも超悲観的で質問の答えにすらなっていない。
隣の青い彼はつまらなそうにしてそっぽを向いている。
それはいいとして何故こんなに彼女に食い付かれるのか心当たりがないのだけど…
「その雑誌」
「え?」
「私が勤めてる所で出してるやつなんです」
「…ああ」
「お買い上げありがとうございます!」
「あ、いえいえ」
あっさり謎が解けた。
スッキリした所で軽く会釈をして向きを戻そうとすると更に彼女からもう一声。
「あの!もし良かったら、」
思いもよらない事態になった。



「…どうする、私」
ベッドに仰向けになって1枚の紙をじっと見つめる。
『プロバスケ リーグ戦 1階 自由席』
3日後に迫った、黄瀬さんのチームと青峰さんのチームとの試合観戦チケットだ。
彼女とのやり取りを思い出してこれは不可抗力だと自分に言い聞かせる。

『試合、観に行きませんか?』
『え?』
『いきなりすいません!実は3日後にこの人のチームと黄瀬選手のチームとの試合があるんですよ』
『は、はい』
『で、私行こうと思ってたんだけどどうしても仕事抜けられなくなってしまって、』
『…』
『空席作るのも嫌なので、良かったらこのチケット貰ってもらえませんか?』
『え!?』

とまあ、こういう流れでチケットを手に入れてしまったわけだけど…
チケット代を払うと何度言っても渡そうとしても受け取ってくれなかった彼女は、別れ際に笑顔で『初めて見るんですよね!絶対感動するし行って良かったって思いますよ!』と言い残して去って行った。
行って良かった…
私は果たしてそう思えるだろうか。

「ど、どうするの、私」

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