Never ever | ナノ

19

「よう」
「あ、こんばんは。笠松さん」
仕事の帰り道、後ろから掛かった声に振り向けば笠松さんが手を挙げて駆け寄って来てくれた。
その姿がコミックで見た海常の主将を思い起こさせて、その隣に居るはずのエースの顔も浮かび上がらせる。
なにこれ…結構な重症だ。
「いつもこんなに帰り遅いのか?」
「週に何度かですよ」
「仕事じゃ仕方ねえけど…まあ、気を付けろよ?」
「ありがとうございます。笠松さんって心配症ですよね」
「あのな…初対面があれじゃ心配にもなるだろ」
「あ、すみません」
何かと初めて会った時の事を持ち出してくる笠松さんに苦笑いを溢しつつ、確かにあんな風に夜中に人が倒れていれば記憶に残る衝撃的な事態だと納得はしている。
あんな出会いだったけど、だからなのかは分からないけどこの世界でこんな風に普通に話せる人に出会えた事は救いだった。
それが黄瀬さんに関わる人だったという事には驚いてはいるけど。
笠松さんに聞けば多分、いや確実に黄瀬さんに会えるんじゃないかと思う。
でもだからと言って私に彼の事を聞く勇気は今のところない。
会ってどうする?どうなる?
もしかしたら私の事なんて忘れてるかもしれないし、今更再会した所でどうしたらいいか分からない。
あー私、こんなめんどくさい性格だったんだ…
ズーンと一人空気を重くしていると、隣で笠松さんのスマホが鳴り響いた。
「あ、マナーにし忘れてた」
「電話ですか?」
「…だな、ちょっと出ていいか?」
「はい、勿論」
悪い、と片手を挙げてスマホを耳に当てる。
電話の向こうの声は聞こえなかったけれど、笠松さんの口から発された名前に私は大きく反応した。
「おう。黄瀬、どうした?」
「!」
「ああ、平気だ。仕事帰り。ん?ああ、近所のヤツ…ったく、お前はすぐそういう話に持って行くんじゃねえ」
隣で話しているというのに、その電話の向こうではあの彼が話しているというのに、なんだかそれが酷く遠くに感じて夢でも見てるみたいな心地になってきた。
『名前さん』
耳に残っているはずの黄瀬さんの声はだんだんと記憶から薄れていく。
笠松さん…今あなたと話しているその彼は、私が出会った黄瀬さんでしょうか。
もしそうだったとして、私の事を覚えているでしょうか。
怖くて聞けもしない事を考えながら笠松さんを見上げれば、彼は驚いた顔をして歩みを止めた。
「?」
「…お前、大丈夫かよ」
「え」
「顔色悪いぞ?…ん?ああ、こっちの話だ」
「っ!(大丈夫です!!)」
口には出さずに身ぶり手振りで伝えると、笠松さんはホッと息を吐いてまた電話に集中し始めた。
私、そんなに酷い顔してたのかな。




「テツ、待って〜!」
「大丈夫ですよ。ここに居ます」
休日のショッピングモール。
女性の明るい声が響いてなんとなく顔だけ振り返ると、少し後ろをを見覚えのある人物が歩いていた。
『黒子テツヤ』あの漫画の主人公だ。
テツと呼ばれたし間違いない、夢に出て来たのもきっとこの子なんだろう。
隣に居る美人さんは彼女だろうか。
『黒子っち』と呼ばれている彼の友達。
多分、聞けば彼の事…
「あの、」
「…」
「僕に何か?」
「!?」
まずい、無意識に足を止めて彼を凝視してしまっていた。
目の前に立つ小柄な男性を声も出せずに見ていると隣から声が上がる。
「ごめんなさい。この人、私の彼氏なんです」
「!」
「か、奏さん」
「ホントの事でしょ?」
「いや、多分彼女は別にそういう」
「だってなんかすごい寂しそうな目でテツの事見てるから」
「え、」
言われて目を見開く。
嘘…何、寂しそうって。
「すみません。なんでもないんです」
「そうですか」
「不躾に見てしまってすみませんでした。ちょっとボーッとしてて」
「いえ、気にしないでください」
「彼女さんも、ごめんなさい」
「え、や、私の方こそ」
「すみません。それじゃあ」
早々に退却しよう。
なんだか惨めな女に見えてる気がする。
休日に一人でショッピングしてる時点で寂しいヤツだし。
悶々としながら踵を返そうとした時、静かな声が私を引き留めた。
「…あの、その時計」
「え?」
黒子さんが私の左手首を指差した。
落ち着いた瞳がかち合って思わず肩が上がる。
「時計が、何か」
「あ、すいません。僕の友達もそれとそっくり同じものを持っていた気がして」
「!」
「あまり見ない珍しい形なので気になってしまいました」
「そう、ですか」
「はい。引き留めてしまってすみません」
「いえ…失礼します」
へらりと笑ってその場を後にする。
平静を装い前に向き直って小さく息を吐き出すと、ドクドクと心臓が騒ぎ出した。
落ち着け、落ち着け。
これくらいの事で動揺してどうする!
会ったわけでもないのに、時計の事に触れられただけで馬鹿みたいに動揺する自分に情けなくなる。
黒子さんのあの静かな瞳が、全てを知っているように見えて…いや、そんな事あるわけないんだけどそう思ってしまったのだ。
ダメだ、もう帰ろう。
最近色々な事に動揺し過ぎだ。
疲れてどうにかなってしまう。
歩く速度を上げて近場のエスカレーターに向かう。
あれで下りよう。
そう思い顔を上げた瞬間、私の目はある色に釘付けになった。
これから乗ろうとしているエスカレーターに今足を踏み出した後ろ姿、細身の長身、鮮やかな黄色。
「っ、黄瀬さん…!」
思ったより張ってしまった自分の声に慌てて口を押さえる。
ゆっくりと振り返ったその人を見て、私は無意識のうちに張り詰めていた息を吐き出した。
本人じゃなかった事に心底ホッとした気持ちと、残念だと思った気持ち。
右手は最早癖のように自然と時計に触れていた。

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