Never ever | ナノ

1

「すみません」
「…」
「すみません!」
「…え?」
「あの…そこ、通りたいので退いて貰えませんか?」
「え、あ、俺ッスか」
「はい。すみません」
「いや。こんな所に立ってた俺が悪いッス。ごめんね」
「いえ」
自宅であるマンションの通路に立ったままボーッと外を眺めていた長身の男性に声を掛けたのは、私がここに着いてから5分程経ってからだった。
私に人とのコミュニケーション能力がないとか、彼が不審過ぎて声を掛けられないとかそういう事ではなく、ただ単純に声を掛けられなかったのだ。
哀愁漂う横顔を見て今にも消えてしまいそうだと思った。
夕日が彼の金の髪をより輝かせて透明感のある肌をより美しく見せていた。
ふと彼が小さく漏らした言葉の意味を私は知る由もない。
「…なんでまた来ちゃったんスかね、俺」


数時間後、私は切らしてしまった飲料水を買いに行く為に財布とスマホだけを持って玄関を出た。
家の鍵を閉めようとした所で視界の端に捉えた金色。
ギョッとしてそちらを見れば、そこには数時間前に居合わせた金髪の彼が倒れていた。
「えっ、だ、大丈夫ですか!?」
「う」
「い、今っ」
「っ!触るなっ」
「!」
慌てて駆け寄り肩に触れようとした手は彼に思い切り払われて行き場をなくした。
合わさった目は私を睨むように光って、全てを拒む様な色を宿している。
けれど目の前で苦しんでいる人を放っておく事なんて出来ず、スマホを操作しようとポケットから取り出した。
その瞬間、
「待って!」
「!?」
先程振り払われた手が今度は掴まれて痛い程にギリッと食い込んだ。
手が熱い。
額に大粒の汗を浮かべながら必死に訴える彼の声に耳を傾けた。
「無理、だから」
「え?」
「電話っ、しないで」
「え、でも」
「っ救急車とか、病院とかっ、俺、行けないからっ」
「…え」
まさか、何か悪い事した人!?
一瞬そんな不安が過ったけれど、あんな寂しそうで哀しげな表情をする人がそんな事なんて出来るはずはない。
確かな根拠なんてないけれど何故か私はそう思った。
そのくらい彼は『切ない』表情をしていたから。
「そのうち…消える、から、っ放っといて…下さいッス」
「え、何?」
「…」
掴まれていた手の力が弱まりパタリと地面に落ちる。
よく分からない事を言い終えてすぐ、彼は意識を飛ばしてしまった。
「放っといてって言われたって、こんな状況でそんな事出来るわけないでしょう」
私はその人の言葉を無視して自宅に引き摺って運び、警察や救急車に病院等どこにも連絡する事なく匿う事にした。



『青峰彼女っちは…幸せッスか?』
『…うん。幸せ、だよ』
彼女が恥ずかしそうに微笑みながらそう答えたのを見て、多分俺の恋は本当の終わりを迎えたのだと思う。
いや、本当に終わったのかなんて正直なところ分からないけど。
それでも幸せな二人を心から祝いたいと思ったのは本当で、青峰っちと青峰彼女っちにはずっといつまでも幸せでいて欲しいって思ってる。
でも俺は…
きっともう恋なんて出来ない。
高1で彼女に恋をした俺は結局彼女以上に心を動かされる女性に出会う事はなかった。
だからそれは今も、そしてこれからも。


「…なんでまた来ちゃったんスかね、俺」
上を向いてポツリと呟いた言葉は誰にも届く事なく次元の違う空に消える。
俺は何の為に、何故今更またこの世界に連れて来られたのだろうか。
青峰っちの誕生日を祝った帰り道、一人で歩いていた俺は随分前に感じた事のある感覚に眉を潜めた。
案の定その瞬間意識が飛んで…気付いたらこの建物の通路に倒れていた。
襲う既視感。
何故かここは間違いなく彼女が居た世界だと確信していた。
確かめたわけでもないけれど、心臓の辺りがざわつくこの感覚はきっと間違いない。
妙に冷静でいられたのはまた数日もすれば元の世界に戻ると知っているから。
それまで誰とも関わらずやり過ごせばいい。
そう思っていた俺に訪れた前回と同じ体の不調。
お節介な人が俺の事を気に掛けて寄って来たけれど当然冷たく突っ返した。
誰も何も俺に関わるな。
今の俺にあるのはそれだけ。

prev / next

[ back to top ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -