Never ever | ナノ

17

12月なんてまだまだ先のはずだった。
けれど現状冷たい風が吹いて空気も乾いていて間違いなく季節は真冬に向かっている事を表している。
そしてこの状況。
目の前には私の知る景色は何一つ存在しなかった。
寝て起きたらこれなのだから、もう一度意識を飛ばした所でもう戸惑うも何もない精神状態にまで持って来れたのだけれど…
助けてくれた目の前の人をよくよく見ればなんとなくだけれど見覚えがある。
もし私の記憶が確かであるならば、
「笠松、さん」
「おお、なんだ?…ってアレ、俺名乗ったか?」
「っあ!いや、あのっ」
「あ、お前もしかして昨日越してきたヤツか?」
「え?」
「ああ、挨拶回りでもしてたのか」
「や、…あ、そうです、はい」
「んなの気にしなくていいのによ」
やっぱり。
やっぱりこの人は笠松幸男、黒子のバスケの登場人物だ。
そして海常高校の主将であり黄瀬さんの尊敬する先輩。
「この辺は治安がいい方だっつっても夜は危ねえぞ、気を付けろ」
「…はい」
「…」
「…」
「…」
「?」
「〜っ、あー、あのよ」
「は、はい」
「悪い」
「え?」
「さっきは勢いで色々捲し立てちまったけど、」
「?」
「俺、女と話すのとか、得意じゃねえんだよ」
「は」
「なんだけど、なんだろな」
「?」
「お前はなんだか話しやすいな」
「え、そうですか?」
「キャーキャー煩くねえからかな」
「…あー、女子力ないですから」
「いや、そんな事言ってねえよ」
「本当の事だし」
「お、おい!」
「…ふふ、なんか読んだままの人だ」
「は?」
「いえ、なんでも。あ、私苗字名前です」
「あ、おう。笠松幸男だ」
ニカッと笑ったその表情になんだか安心感を覚える。
これが海常の主将として皆を纏めて来た器だ、なんて妙に納得した。
とはいえ私のこの境遇を上手く説明出来る気がしないので、ここは黙っておくことにしようと一人頷く。
黄瀬さんと同じように異世界に送られたのだとすれば私もきっと彼のように期間限定で…慣れ親しんだ頃にサヨナラがやって来るはずだ。
「よろしくお願いします、笠松さん」
「おう、よろしくな」
笠松さんが存在するこの世界には黄瀬さんがいるかもしれないという期待も膨らむ。
けれど私にはそれを確認する勇気も、もしそうだったとしてまた黄瀬さんに会う勇気もなかった。
だって…
きっとまた、
「サヨナラになる」




翌日からの私の生活は怒濤の未知ラッシュで、許容量を遥かにオーバーしてしまった脳は最早機能しているのかしていないのかという程。
とにかく全部が新しくて、それを全て吸収するには大分時間が掛かりそうだった。
仕事はやっぱりこちらでもフリーターだったけれど、コーヒーショップとレンタルショップの掛け持ちだ。
家からそう遠くない事が救いだけれど不規則な勤務時間と掛け持ちはなかなか厳しそう。

「つ、疲れたっ」
帰宅してベッドに身を投げればピクリとも動けなくなった。
勤務3日で死に物狂いで色々詰め込んでイチスタッフに溶け込んだ自分を誉めてあげたい。
時計を見れば既に日を跨いでいて、夕飯もお風呂ももう明日でいいやと全てを放棄しようとしていた所で暗がりにぼんやりとスマホが光った。
そういえばマナーにしていたんだっけ。
すぐに消えると思ったけれど暫く光続けるそれにもしやと床を這いながら移動して画面を確認すると、先日登録したばかりの人からの着信だった。
「はい」
『あ、夜中に悪い。寝てたか?』
「死にかけてました」
『は!?大丈夫かよ!お前こないだといい、』
「じょ、冗談です大丈夫です」
『シバくぞ、お前のトーンは冗談に聞こえねえんだよ』
「あはは、すいません」
『何笑ってんだ』
コミックを読んだままの台詞に思わず笑えたのは仕方ない。
女子にもあの台詞使うんだ、あ私女子じゃないんだっけ、電話だし蹴飛ばされなかっただけマシだと思おうなんて考えてみたり。
ところですっかり目も覚めてしまったのだけど…
『ああ、そうだお前さ』
「はい」
『縫い物とか得意か?』
「はい、まあ人並みには」
『よっし!助かった!こんな時間に悪いんだが今から来てくれねえか!』
なんと、突然のお呼び出しである。



「悪いな…すげえ助かった」
「大丈夫ですよ、明日は休みだし」
「いや、時間も時間だしこんな雑用頼んでるしよ」
「夕飯にありつけたのでこちらとしてはラッキーです」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」
笠松さんの絶品男飯をいただいて満腹ご満悦の中、持ち出した裁縫セットでスーツの解れた裾直しとワイシャツのボタン付けだ。
普段はスーツなんて滅多に使わない仕事みたいだけど、急遽明日必要になって慌てて取り出した所この有り様だったらしい。
「指、大丈夫ですか?」
「…痛えな」
「見事にあちこち刺しましたね」
「始めからお前に頼めば良かったな」
「結構負けず嫌いですもんね」
「は?」
「あ、や、負けず嫌いっぽいなーって」
「そうか?」
危ない危ない。
知り合ったばかりの人間が自分の事色々知ってたら気持ち悪いよね。
思わず出てきてしまった知識に蓋をして平静を装う。
気を紛らそうと少し視界を広げると、リビングの端に鮮やかなブルーを捉えた。
それにもやはり見覚えがあって、
「…海常」
「あ、お前海常知ってんのか!」
「はい。有名、ですよね?」
「そうか」
「バスケ部主将、笠松幸男」
「…え、」
「あー!や、なんか聞いた事あって!か、笠松さんの名前も!」
「そ、そうなのか」
私は馬鹿か!
さっきも危ない所だったのにまたしても軽率に発言してしまった事を悔いる。
なんとか誤魔化せたみたいだけど次はないぞと自分に言い聞かせた、ホント馬鹿。
急に静かになった事を不思議に思い顔を上げると、笠松さんは私に背を向け手持ち無沙汰のように頭や首に手を遣っている。
なんだか落ち着かない感じだ。
「笠松さん?」
「…な、なんだ?」
「どうかしました?」
「!あ、いや…なんつうか、」
「はい」
「海常って聞くと皆『黄瀬黄瀬』煩いだろ?」
「!」
「だから、お前からまず俺の名前が出てきたのが驚いたっつうか、」
「あ」
「いや、ちょっと…嬉しかったり、」
ポリポリと首の後ろを掻く笠松さんは少し照れているようだった。
確かに海常といえば『黄瀬』と誰もが言うかもしれない。
けれど私の選択肢にその名前が無かったのは、いや無い事にしていたのは多分もうしまっておきたかったから。
笠松さんと出会った時点でそう簡単には行かないとは思っていたけれど、彼から『黄瀬』という名前を聞いてやっぱり動揺してしまった私は弱い。
この世界に居る間、私の精神は果たして無事でいられるだろうかと不安になった。

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