Never ever | ナノ

16

黄瀬さんが置いていったバスケットボールを抱えながら『黒子のバスケ』のコミックを読む。
これが1週間前、漫画を大人買いしてからの私の日課になっていた。
1日の終わり、寝る前に時間を取って少しずつ読み進めている。
ボールは毎日磨いているのでいつもピカピカだ。
またいつ黄瀬さんがやって来てもいいように…っていうのはまあ私のただの願望であって叶う事はないんだろうけど。
ああ、私大分イタイ子だ。


「っ、やば!寝ちゃった!!」
相当疲れが溜まっていたのかいつの間にか寝てしまっていた。
随分と深く眠った気がする。
慌てて飛び起きて時計を見れば5時14分。
良かったとホッとしたのも束の間、私は妙な違和感に気付いて首を傾げた。
部屋の中に特に何かあるわけじゃない。
でも何かどこかおかしい。
ふと視界に外からの光がカーテンの隙間から入り込んでいるのを捉えて立ち上がる。
光の具合がどうも気になる。
だって朝だっていうのになんだか…
「…!?」
シャッと勢いよくカーテンを開けた私は目の前に広がる光景に目を見張った。
そこにはおかしい点が2つ。
1つはさっきの違和感の正体、時計が早朝5時14分ではなく夕陽差し込む午後の5時14分だったという事。
もう1つは…
「ちょっと…ここどこよ」
自分が住み慣れた街はどこにも見当たらず、見た事もない景色が広がっている、という事だった。


家はなんともない。
というのは言い方がおかしいかもしれないけど、部屋の配置だって物だってなんだって全部が以前と何一つ変わらない。
けれど一歩外に出ればそこは未知の世界だった。
近所には見た事のない家やお店、道、公園。
私はマンションの目の前でただ立ち尽くす事しか出来ない。
下手に動けば確実に迷う事になるからだ。
「…怖、これ…夢かな」
ボソリと小さく呟いたのは最早懇願だ。
こんなの夢であって欲しいと。
現状を把握しようとすればする程だんだん気分が悪くなってきて、ぐらりと揺れた体をなんとか踏ん張ってマンションの壁に凭れる。
冷たい外壁に顔を押し付けて固く目を閉じた。
これは、きっとアレだ。
多分今私、黄瀬さんと同じ目に遭ってる。
頭でなんとか理解しようと思っていても体がおかしい、自分の体じゃないみたいに言う事を聞いてくれない。
…黄瀬さん。
思い浮かべたのは彼に初めて会った時の表情。
黄瀬さんも、こんな思いしてきたのかな。
そんな事を思っているうちにとうとう体の感覚がなくなって…
考える事も出来なくなっていた。



「おい!」
「っ」
「あっ、おい!大丈夫か!」
「う、」
「救急車!救急車呼ぶか!」
「や、あの…大丈夫、です」
「本当か!」
「はい、多分」
「なら起きろ!こんな薄着でいたら風邪ひくぞ!」
「…す、すいません」
どのくらい意識を飛ばしていたのか、うっすら目を開けると辺りはもう暗くなっていて気温もかなり低くなっていた。
起こしてくれた男性に謝り顔を上げると物凄い剣幕で私を見ていた。
元々こういう顔なのか心底心配してくれているのか、とにかくその必死な形相に圧されてもう一度『すみません』と謝って立ち上がる。
どうやら後者だったようで、自力で立てた私を見て安堵の表情に変わった。
見ず知らずの人間に対してなんていい人だ。
「はあ〜、死んでるのかと思ったぜ」
「すみません、驚かせてしまって」
「いや、無事ならいいんだけどよ。この寒いのに半袖で何やってたんだ、あんた」
「え?」
「しかも倒れてるし、凍え死ぬところだぞ」
確かに私は半袖を着ていた。
よく見ると目の前の男性はシャツの上に温かそうなニットを着ていて、首元にはこれまた温かそうなマフラーを巻いている。
どう見ても私と彼、季節が違う。
「あの…今日って、何月何日ですか」
「あんた、大丈夫かよ。今日は12月1日だ」
「じゅ、12月」
口に出した途端脳がしっかりと理解したのか全身がぶるりと震えて寒さに襲われる。
暑い夏だったはずの季節は何故か木枯らしが吹く寒い冬になっていた。

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