Never ever | ナノ

15

「っ黄瀬さん!?そ、そんなわけないない…ないから」

黄瀬さんが居なくなって1週間が経過していた。
彼の時計はあれ以来止まったままなのに世間は何事もなかったかのように動いていて、私は戸惑いながらも1日が異常に長く感じる日々を送っている。
彼の居ない部屋はまるで違う場所になってしまったみたいに感じて、今までずっと1人で暮らすのが当たり前だったはずなのに今の私には自分の家が広く思えて仕方ない。
仕事を終えて家に帰って、灯りのない暗い部屋にどっと疲れを感じてしまったり。
心にぽっかり穴が開くってこういう事か、とまるで他人事の様に思った。
そんな中私は休日の気分転換にと散歩に出掛けていた。
そして散歩途中の河川の土手に彼の面影を見つけてしまい、そんなのあり得ないはずなのにどうしたらいいか分からずただ呆然と立ち尽くしていた。
後ろ姿だし遠くてハッキリとは分からないけれど、光が当たって輝く黄色の髪にスラリとした長身、手に持つのはバスケットボール。
その後ろ姿には確かに見覚えがあって…
「黄瀬さん」
思わず声に出して息をのんだ。
けれど一歩足を踏み出した瞬間、振り返ったその人の顔を見た私は溜め息を吐いた。
「だから…そんなわけないんだって」
期待なんかしてなかったはずなのにガッカリしているのは、やっぱり少なからず私は期待してしまっていたという事なんだろう。
彼が『黄瀬涼太』ではないか、と。
ボーッと黄色を見つめていると、他にも人が居たらしくその人に向かってぞろぞろと集まり始めた。
その異様な光景に目を見張る。
「青、水色、赤、紫、緑…すごいカラフル」
黄色に負けないくらいに鮮やかな髪の人達が木陰から出てきたのだ。
皆同じ制服の様なものを着てる。
青に、水色…
既視感を覚えて目を細める。
「あ、コスプレしてる人達いるよ!」
「ホントだ!黒バスじゃん!」
「キセキが揃ってるね」
私の後方から歩いてきた女の子たちの会話が耳に入ってきた。
立ち止まってあのカラフルな集団を見てかなり興奮している。
コスプレか。
何を言っているのかはあまり分からなかったけど、カメラマンらしき人も何人か現れて写真を撮り始めた彼らを見て納得した。
した、のだけれど、更に聞こえてきた会話に意識を全部持って行かれる。
だって…
「黄瀬のレイヤーさんイケメンだね!」
「うん、背高いしね」
「青峰もかっこいいよ?」
「いやいや、やっぱ黄瀬涼太でしょ!」
「!?」
思わず振り向いて女の子たちを凝視してしまった。
当然相手は驚いている。
いや、私だって驚いていた。
彼女たちが出した名前に聞き覚えが有り過ぎて。
「あの!」
「は、はい」
「いきなりすいません!あれって…なんのコスプレなんですか?」
「あ、ええと。黒子のバスケっていう漫画の…あ、アニメでもあるんですけど」
「黒子?」
「はい、分かりますかね?あそこに居るのは黒バスの登場人物ですごく人気のあるキャラなんですよ」
「キャラ…あの、そのキャラの名前とか聞いても?」
「え?」
「あ、すみません急に…自分で調べます」
「いえいえ、大丈夫ですよ?まずこっちから見て手前から水色頭が黒子テツヤ、赤が赤司征十郎、紫が紫原敦で、緑が緑間真太郎、青が青峰大輝で、黄色が黄瀬涼太です」
「!」
「ちなみに私は赤司くん推しです!」
「私は黄瀬!」
「私は青い人です〜」
「あの、すっごい面白いんで良かったらコミックとか読んでみて下さい」
「っ、ありがとうございます」
楽しそうに話しながら遠ざかる女の子たちを見送る。
そして教えて貰った『黒子のバスケ』を探しに私は迷わず本屋へ向かった。



「帝光中学校バスケットボール部。全中3連覇を誇る超強豪校…特に最強と呼ばれ無敗を誇った…キセキの世代」
帰宅した私は夢中になってコミックを読み進めた。
漫画を一度にこんなに買ったのは初めてだしこんなに読むのも当然初めてだ。
出ている全巻を買うのは持ち帰りの事も考えて断念したけれど、持てるだけ買って抱えて帰った。
少し周りからの目が痛かった。
「黄瀬、涼太」
読み進めていくうちに少し幼く描かれた黄瀬さんが紙面上に現れる。
『黒子のバスケ』は黒子テツヤと火神大我という男の子が中心の高校バスケの漫画らしい。
個性ある沢山の登場人物の中に現れた『海常高校、黄瀬涼太』。
敵役だからなのかなんだかちょっとチャラいというかノリが軽いというか、私の知っている黄瀬さんとはちょっと違う気がするけど『形』は間違いなく彼だ。
信じ難いけど…黄瀬さんはこの漫画の中の世界から現れたという事なんだろうか。
私のいる世界とは別に、確かに彼が存在する世界が…
「またいつか…会えるのかな」
ポツリと漏れた言葉。
そのいつかはやって来るのだろうか。

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