Never ever | ナノ

13

「ただいまー」
いつもの様に帰宅して靴を脱ぎ、スリッパを履いてパタパタと廊下を歩いて進む。
灯りのついたリビングに、帰って来た時に部屋が明るいってやっぱ幸せだなあなんて思う。
あったかい。
テーブルに買い物袋を置いてホッと一息吐いてからもう一度…
「ただいま、黄瀬さん」
返事はない。
でも靴はあったし部屋の電気も点いてるから家の中には居るはずだ。
ストバスには行ったのだろうか?
あ、そうか、もしかしてお風呂?
「…作っちゃうか」
水で濡れないようにと黄瀬さんの腕時計を外して手を洗い、とりあえず準備を始めようと玉ねぎを出して切り始めた。
トントンと一定のリズムで音を響かせ切りながら、さっき時計を外した時に感じた妙な違和感に首を傾げる。
トントン…トン…
一度気になってしまえばなんだか落ち着かなくなってしまうのは人の性というものなのか。
「…」
チラリと壁掛け時計を見た。
18時20分を差している。
包丁を置いて、テーブルに置いた腕時計を覗き込んだ私は違和感の正体に気付いた。
「17時、14分?…あれ」
確かこの時間は…
帰宅前に最後に見た時の時間だった。
時計が止まってる。
でもおかしい。
黄瀬さんの時計は先日電池を交換したばかりだからこんなに早く止まってしまうはずがない。
壊れた?
突然?
今日はずっと平気だったのに。
『名前さん』
「!」
帰り道で聞こえた気がした彼の声がまた耳に響いて胸がざわつく。
やだなあ、幻聴だなんて。



「黄瀬くん!」
「黄瀬!居やがった」
「…黒子っち、青峰っち」
「良かった。探しましたよ、黄瀬くん」
「大丈夫かよ。立てるか?」
「…」
「おい、黄瀬!」
「どこか痛みますか?」
「もう…ホント」
「黄瀬くん?」
「なんなんスか、ホントにっ…なんなんスかっ」
目が覚めたら路上で寝転んでて、遠くから人の足音が近付いてくると思ったら黒子っちと青峰っちが駆け寄って来てて…
二人の表情が今の俺の状況を分かってくれてて、それでも…否だからこそ何も言わずに普通にしてくれてる事が有り難い様な苦しい様な、感情の行き場に困った俺は今一体どんな顔してるんだろう。


思った通りだった。
名前さんが帰ってくる前に部屋を綺麗にして待ってようと決めて立ち上がったら目眩に襲われてソファに逆戻りした。
もう感じたくもなかった既視感。
そのまま俺は立ち上がる事が出来なくて、だんだんと考える事すらも出来なくなって来て…無意識に彼女に借りている腕時計に触れていた。
『…涼太』
一度も呼ばれた事なんてないのに彼女の声が聞こえた気がして目の奥が熱くなった。
きっともう彼女に会えない。

『今日は待ち望んでいた事が実現する1日です』
間違ってない、間違ってはないけど。

「こんなの、酷いッスよ…俺が何したっていうんスか」
不満を溢した所で何が変わるわけじゃないのも分かってる。
それでも吐き出さなきゃ苦しくて…なんで、どうして俺を向こうに行かせたのか、彼女に出会わせたのかと。
まるで癖になってしまったかの様に自然に腕時計に触れる。
壊れてしまったのか彼女の腕時計は17時14分で止まっていた。
腕時計だけは一緒に連れて来てしまった。
「物なんかあったらもっと未練残るじゃないッスか」
ぼそりと呟いた言葉は誰にも届かない。

「食べたかったッス…オニオングラタンスープ」




ちょっと待ってよ、嘘でしょ突然過ぎでしょ。
そりゃ現れたのも突然だったけどこんなのって。
「黄瀬さん…ホントに、居ないの?」
しんと静まり返った部屋に、寒くもないのにブルリと体が震える。
何度呼んでも家中どこを探しても…黄瀬さんがその姿を現してくれる事はなかった。
「黄瀬さん」
どうして
「居ないの?」
どうして出会ったんだろ
「ねえ」
おかしいな
「オニオングラタンスープ、食べるんでしょ?」
こんなに辛いなら
「ねえってば」
出会わなければ良かったのに
「ねえ………、涼太」
帰れて良かったねって、言ってあげられなくてごめん。
「泣いてないし。玉ねぎ切ってるからだしっ」
誰が見てるわけでも聞いてるわけでもないのに言い訳を溢して、僅かに震える手で玉ねぎを切り続ける。
あーあ…私思ったよりずっと、黄瀬さんの事…

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