Never ever | ナノ

12

「じゃあ、いってくるね」
「…名前さん?」
「ん?」
「あの、今日…帰り何時ッスか?」
「帰り?多分いつも通りだと思うけど」
「…そ、そうッスか」
「うん。どうかした?」
「や、何でもないッス」
家を出る前のやり取りに首を傾げる。
幾分か元気のない黄瀬さんを不思議に思いながらなんとなく彼の手元に視線を滑らせる。
そういえば…
「今日もバスケしに行くんだよね?」
「行く予定ッス」
「私のアナログじゃあ時間見にくいんじゃない?」
彼と私の左腕を交互に指差して交換した方がいいんじゃないかと提案する。
黄瀬さんの手首にはスポーツに不向きな私の腕時計が。
一番端の穴だけど割と余裕がある感じで着けていて、なんだか女の私より似合っている気がして虚しい。
それはさておき、ラッキーアイテムとはいえスポーツするのにアナログはどうなんだろう。
ちなみに今私が着けているのは黄瀬さんに借りているデジタル腕時計だ。
ベルトを大分余らせているけど穴が沢山あったから私の手首でも特に違和感なく着けられたのだけど…
「だ、大丈夫ッス!名前さんさえ良ければ、このまま貸してて欲しいッス」
「あ、私は別にいいよ?」
アナログで良かったらしい。
大丈夫ならそれでいい。
靴を履いて顔を上げると私を見下ろす黄瀬さんと視線が絡む。
今日はホントにどうしたというのか。
まだ何か言いたげだ。
「あの…ワガママ言ってもいいスか?」
「我儘?何?」
「今日、オニオングラタンスープ、食べたいッス」
「…」
「…」
「っふ、いいよ」
「なんで笑うんスか!」
「我儘って言うから何事かと思ったら」
「いいじゃないスか!好きなんスよ!」
「分かった、っふふ。なるべく早く上がってフランスパン買って帰るよ」
「…まだ笑ってるし」
背伸びしてよしよしと頭を撫でると不満げに唇が尖る。
そんな黄瀬さんを可愛いなと思ってしまったところでハッとして慌てて頭の上の手を引いた。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい…名前さん」
玄関に静かに響いた自分の名前にドキリとしつつ家を出る。
そういえば私、まだ黄瀬さんの事『涼太』って呼んだ事ないな。
名前を呼ばれるのには少しだけ慣れた気がするけど私が彼の名前を呼ぶにはもう少し時間が掛かりそうだ。
なんていうか、やっぱりちょっと恥ずかしい。





『今日は待ち望んでいた事が実現する1日です』
俺は緑間っちみたいに占い信者でもないし、今までだって占いを聞いた所で特に気にして過ごすなんて事なかった。
所詮占い。
その星座の人皆が同じ運勢になるわけない。
って思ってたのに…今日はなんか違った。
ぞわりと嫌な感覚を感じたし何かが起こるんだって気がした。
俺が待ち望んでたのは元の世界に帰る事。
のはず、だった。
だけど、それが叶うっていう最高の占いを聞いてまず考えてしまったのは…思い浮かべてしまったのは彼女の笑顔だったんだ。
「…名前さん」
ほら、やっぱり人と深く関わるもんじゃないんスよ。
ずっとずっと、拒絶してれば良かったのに。
何やってんだよ、俺は。
「…名前、」
彼女の名前を口にすると心臓が苦しくなった。
なんで。
なんて考えなくたって…
借りた腕時計に触れれば…『黄瀬さん』…彼女の凛とした声が耳に響いて俺をもっと苦しくさせる。
その声で、『涼太』って呼んで欲しいッス。
そんな俺の願いは…

叶わないかもしれない。



ちょっといいフランスパンを買ってしまった。
オニオングラタンスープに使うには少し勿体ない気がするけどたまにはいいだろう。
今朝聞いた可愛い我儘を思い出して一人笑う。
頑張って早く仕事終わらせて会社を飛び出して来たそんな自分にも笑いつつ、彼の可愛いお願いを叶えてあげる為にも帰ったらまず飴色玉ねぎ作りだ。
その間に黄瀬さんにはパンを切って貰って…あ、固いし危ないからやっぱりパン切るのは私にして黄瀬さんには玉ねぎを焦がさないように見てて貰えばいいかな。
今は…17時14分、いつもより早く帰れそうだ。
歩きながら帰ってからの予定を組み立てる。
『名前さん』
ふと彼が私を呼ぶ声が聞こえた気がして立ち止まり、思わずそんな自分を笑ってしまった。
夕日が眩しくて目を細める。
そういえば黄瀬さんが家の通路にいたあの日もこんな眩しい夕日で…それに照らされた彼の髪が凄く綺麗だと思ったのをよく覚えている。
そうだ。
帰ったら…
「…涼太」
自然に呼べたらいいな。
歩く速度を気持ち上げて…もうすぐ我が家だ。

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