Never ever | ナノ

11

黄瀬さんと出会って1ヶ月が過ぎようとしていた。
特に変わりなく毎日を過ごしている。

「黄瀬さん黄瀬さん」
「なんスか?苗字さん」
「見てこれ、私女子力上がった」
「あ、パンケーキ!なんかいい匂いするなあって思ってたんスよ」
「見てよ、ふわっふわだから」
「うわ!ホントだ!食べたいッス!」
「よし、温かいうちに食べよう」

朝から手作りパンケーキなんて初の試み。
お皿になかなかに上出来のふわふわパンケーキを乗せてドヤ顔だ。
昨日テレビを見ていて黄瀬さんが食べたそうに目をキラキラさせていたのを私は見逃さなかった。
食事は和洋中色々作っているけどたまにはちょっとオシャレなものもいいかなと思いつつ、本心は黄瀬さんの嬉しそうな顔が見たいっていう下心あり。
案の定顔を綻ばせた黄瀬さんを見てこっちまで緩んだ。
そこからの、衝撃。
「苗字さんの笑顔って面白いッスよね」
「…おも、…はい?」
笑顔が面白いって何!?
喜んでいいの!?
いやいやバカにしてるよね!?
笑みを浮かべながら私を見てくる黄瀬さんに口元が引きつる。
そんな私に彼はあまりに想定外の言葉を溢した。
「だって、笑うの我慢して我慢して、でもやっぱ無理!って感じで口元上がるから」
「…」
「可愛いッス」
「…は」
顔が赤くなったかは見てもいないから分からないけど爆発的に一気に顔に熱が集まって、鼻の穴が広がってやしないかと心配になる。
いや、鼻の穴とかそれどころじゃない。
こんなイケメンに『可愛い』だなんて言われてもお世辞としか思えないのにそんなの分かってるのに馬鹿みたいに顔が熱い。
黄瀬さんの馬鹿。
恥ずかしさを誤魔化すようにボソリと『絶対バカにしてる』と呟いて背を向ける。
そのまま前進しようとした私の肩に黄瀬さんの手が触れた。
「バカになんてしてねッスよ!」
「…ほ、ほら。食べよう」
「苗字さん!」
「何」
「なんでそんな怒ってるんスか?」
「別に私、怒ってないけど…ほら、冷めないうちに」
「だって!目合わせてくれないし!」
「はいはい、早く食べましょ」
「〜っ、名前さん!!」
「ん?え?」
聞き慣れない呼び方に一瞬固まり思わず振り返ると、黄瀬さんが少し居心地悪そうにこちらを見ている。
そして頬を掻いて恐る恐るといった感じで尋ねてきた。
「あー…えーっと。ダメ…ッスかね」
「え」
「名前さんって…呼ぶの」
「あ、別に、構わないけど」
「良かった!」
男性に使うのはおかしいかもしれないけど、黄瀬さんは花が咲いた様に笑って喜んでいる。
私はポカンとしながらも胸の底でジワジワと何かが膨れ上がる様な感覚を感じていた。
出てきちゃ駄目なやつ。
消えろ消えろ、お願い引っ込んでて。
「それで…」
「?」
「出来たら俺の事も、」
駄目だ、可愛い、狡い。
「涼太で」
ちょっと恥ずかしそうにしながらそう言って視線をさ迷わせる黄瀬さんに、多分私は全部を持っていかれた。
あんなに全てを拒絶してたのに急にそれは狡いと思う。
自信作のパンケーキを黄瀬さんは美味しい美味しいと言って食べてくれたけど私は全然味がしなかった。


食事を終えて洗い物をしている私の耳に、僅かながらテレビの占いの声が聞こえてきた。
黄瀬さんがソファに座ってのんびりしながら見ているようだ。
水をジャージャー流しているのであまり聞こえないけど、特に占いを気にする質でもないので洗い物を続けつつ耳を傾ける。
そういえば黄瀬さんは何座なんだろう。

『今日最も良い運勢なのは双子座の貴方!』
「やった!俺1位ッス!」
「お、良かったね!」
「っへへ!名前さんは何座ッスか?」
「私◯◯座。あ、ほら、運勢なんだって?」
「あ、」
『今日は待ち望んでいた事が実現する1日です』
「…」
「?…どうした?」
「っ、いや」
『ラッキーアイテムはデジタルの腕時計です』
「ラッキーアイテム、なんだって?」
「う、腕時計」
「良かったね!持ってるものだし」
「いや…あ、名前さん?」
「!…ん?」
名前で呼ばれる事に慣れない私はいちいち反応してしまう。
なんとか表面上の平静を保って顔を上げると、黄瀬さんは縋る様な表情で私を見ていた。
どうしたというのだろう。
「名前さんの腕時計…今日1日借りてもいいスか?」
「わ、私の?」
「…俺のより、名前さんの腕時計の方がラッキーアイテムなんス」
「そうなの?いいけど入るかな…いま持ってくるから待ってて」
「すんません」
腕時計の種類が違ったみたいだ。
あまりに深刻な顔をするものだから思わず洗い物中断して自室に向かった。


心ここにあらずといった状態の黄瀬さんと部屋を出てしまった私が、この占いコーナーを最後まで聞く事はなかった。


『そして最後に、今日最も悪い運勢なのは…ごめんなさい、◯◯座の貴方。大切な事に気付くのが遅過ぎて大後悔。でも大丈夫、そんな貴方のラッキーアイテムはオニオングラタンスープです』

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