Never ever | ナノ

10

「お前にあんなイケメン彼氏とか…ないわ」
「ん?」
「名前さんいつの間に彼氏出来たんですか!しかもイケメンってどういう事!?」
「ん?なんの話?」
「何とぼけてんだよ、お前の彼氏の話だよ」
「ますます何言ってるか分からない」
「白切るつもりかよ」
「そうですよ〜!目撃情報あるんですからね」
「え」
「金髪にイケメンなんて!羨まし過ぎる!!」
「…まさか」

出勤するなり職場の同僚と後輩に突然両サイドを固められて何事かと思えば…
弁明するまでもない有り得ない話だ。
この前の休みに黄瀬さんと一緒に買い物に行った所を見られていたらしい。
さて、何て説明しようかと大きく溜め息を吐いた。
二人の目は爛々と輝いている。
「だから…居候。で、弟の友達」
「えー?」
「寝る場所提供してるだけだから」
「なっ!同じベッド!?」
「馬鹿か!弟の部屋!空いてるって話した事あったでしょ!」
「うー、まあ。でもそんな事言っても結局同棲じゃないですか〜」
「だな。しかもあんな仲良さそうに歩いててよく言うわ」
「…なんなのホント」
「ただの居候って感じじゃなかったけどな」
「そうやってすぐネタにしない」
「…動揺なし。シロか」
「なーんだ、残念!イケメンの友達紹介して貰おうと思ったのに」
「そういう魂胆ね」
「あ、すいまセン」
上手いこと信じてくれたらしい。
全く、彼氏ってなんだ。
ただ歩いてただけだし…仲良さそうにって、そんな風に見える?
まあつまらなそうに見えたって言われるよりはいいというか、黄瀬さんが楽しんでくれてたなら別にいいけどなんだか居た堪れない。
最近の黄瀬さんはよく笑うようになった気がして私自身ちょっとホッとしている部分もあった。
ここに居る間、少しでも楽しんで貰えたらいいと思っているから。
職場の人に目撃されていたのはちょっと不用心だったと反省しつつ、今後会わせる様な事もないのだからこの話はここで打ち切り。
まさか違う世界から来た人間だなんて言えるわけない、というか言った所で信じないだろうけど言う必要もない。
近いうちに彼は居なくなってしまうのだから。




「ん、」
「?」
「…青、」
「…」
「青峰、っち」
「……!」
ソファで寝ている黄瀬さんの発した寝言に私は聞き覚えがあった。
『青峰』
夢の中に出て来た名前。
珍しい名前だから耳に残っている。
やっぱりあの夢は何か関係があるのだろうか。
眠る黄瀬さんをボーッと見ながらそんな事を考えていると、彼の瞼が揺れてゆっくりと目が開く。
「…あ、苗字さん」
「おはよ」
「おはよッス、って時間でもないスね」
「体調良くない?最近寝る時間、増えてきたよね」
「そんな事ないと思うんスけど」
「…あのさ、」
「?」
「青峰、って」
「え…苗字さん!青峰っちの事知ってるんスか!」
「あ、いや、ごめん。さっき寝言が聞こえて」
「っ、あ…寝言、ッスか」
黄瀬さんは『青峰』という名前に異常な反応を示した。
そんなに急に起き上がったら目眩がするんじゃないかってくらいの勢いで飛び起きたのだ。
瞬間的に、多分これ以上この話はしない方がいいと思った。
私が見た夢の話なんてしてしまったらものすごく動揺してしまう気がして。
「苗字さん」
「うん?」
「今…」
「ん?」
「さっき、ちょっと怖い夢見たんス」
「ゆ、夢?」
「うん」
「…どんな?」
「…仲間が、仲間がどんどん遠い存在になって…追い付けなくなる夢」
そう言って黄瀬さんはくしゃりと顔を歪めて無理矢理に笑った。
見ているこちらまで切なくなる顔で。
そうだ、どこかも分からないけど向こうの世界で大切な仲間が彼を待ってる。
こんな所で過ごす時間はきっと黄瀬さんにとってとても長く苦しい時間なはずだ。
分かっていたつもりだったけど、ここに居る間だけでも彼を少しでも笑顔になんていう私の考えは甘かったのだ。
未知の世界に一人放り込まれてしまった人の不安は計り知れない。
気付けば私は彼の作り笑いを黙ってじっと見ていた。
そして当然戸惑い始めた彼にグッと近付いて…
「っ、え!苗字さん!?」
更に戸惑う彼に構わず抱き締めた。

「誰も黄瀬さんを置いて行ったりしない。皆探してるし待ってる。私には祈ってあげる事しか出来ないけど、出来る事はやるから…愚痴だってそういう不安に思う気持ちだっていつでも聞くから」

腕の中の黄瀬さんが震えた。
どう言ったらいいか分からないけどこれは同情じゃないと思う。
励ましたいと、その表情を曇らせたくないと思う。
ポンポンと背中を叩くと黄瀬さんは一度身動ぎをして『ずっ』と鼻を啜った。
これは泣かせちゃったかなと顔を覗こうとしたけれどそれは阻止されてしまう。
ソファに座る黄瀬さんの腕が私の腰に回った。
「苗字さん」
「うん?」
「苗字さん、」
「?」
「ありがとッス」
「うん」
「ありがとう」
「聞こえてるよ」
「苗字さん」
「大丈夫」
「っ」
「大丈夫だよ」
「っ、うん」
「泣き顔見せてくれてもいいんだけど?」
「!泣いて、ねえス」
「ふうん?」
「また、子供扱い」
「そんな事な、っうぐ!」
腰に回された腕にぎゅうっと力が入って苦しさに女らしからぬ声が漏れる。
けれどそれが笑いのネタになる事はなく、少しして半泣きの黄瀬さんがゆっくりと顔を上げた。
「っ」
バチリと目が合う。
近い。
綺麗な2つの瞳が涙に揺れて私を見上げていた。
頼りなさそうなのにその瞳の奥には強い意志が宿っている様で思わず惹き込まれる。
私から目を逸らすことなくゆっくり立ち上がる黄瀬さんをぼんやりと目で追っていた。
いつもの身長差になった所で今黄瀬さんの腕に囲われ、所謂抱き合っている状況だという事に気付いた私は目を見開き身動ぎした。
この距離と体勢は心臓に悪過ぎる。
思わず顔を背けて一歩退こうとすると頭上で吐き出すような声が落とされて、私はピタリと動きを止めていた。
「苗字さん…もう少し、」
「っ、何?」
「もう少し、このまま…甘えてて、いいスか」
「!」
「ダメ…ッスかね」
「っ、い、いいよ」
私の返事にホッとしたのか小さく溜め息が漏れる。
ギュッと力が込められた腕は少し震えていて、ちょうど彼の胸辺りにくっついた私の耳には少しリズムの速い心音が響いていた。


あれ…
多分今、きっと私の心音も同じくらい速い。

prev / next

[ back to top ]

×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -