Hold me more! | ナノ

8

「なまえ、今どこで何してんだ?」

火神さんから連絡が来たのは私が実家に帰ってから1週間経たないうちだった。
たった1週間なのに1日1日が酷く長く感じるのは大輝の顔を見ていないせいだと思う。
ちょっとでもいいから会いに行きたいと言ってもまだダメだと言われて未だ実家暮らしだ。
お店も生活も問題ないと言っていたけど、火神さんからの電話で私は予期せず実家を飛び出す事になった。

『あー…やっぱ知らなかったか。怪我したんだよアイツ』
『え!?』
『グラスの破片で腕切っちまったらしい』
『!グラス!?なんでっ』
『お前の元カレ?そいつが来た時によ、』
火神さんの話は最後まで聞けなかった。



勢いよくお店のドアを開けた。
ちょうどお客の少ない時間帯で窓際に二組程しかいなくて店内はガランとしている。
息を整えながら辺りを見渡しカウンター奥のホールから隠れた場所にその姿を見つけた瞬間、腕捲りをしている左腕から覗く真っ白な包帯に目が行き顔を歪めた。
本当に、怪我してる。
バイトの子たちがペコリと挨拶をしてくれて、それに答える様に笑ったつもりだったけど上手く笑顔にならなかったかもしれない。
余裕なんて無かった。
私はそのまま気付かない彼に歩み寄り後ろから大きな背中にしがみ付いた。
「うお!っは!?なまえ!?」
「…」
「何してんだおま、え、」
「っ」
振り向いた彼の目に映った私の顔はきっとぐちゃぐちゃで酷いものだっただろう。
でもそんなの関係なくて、私は呆然とする彼の怪我をしていない方の手を掴み引いて事務所に向かった。
パタンと静かにドアを閉めて彼に向き直り今度は正面からしがみ付く。
いつもならこんな事なかなか出来ないけど今日はもう我慢なんて出来なかった。
頭上で一つ、溜息が落とされる。
「…何やってんだよ、なんで来た」
「…なんで」
「聞いてんのオレ」
「なんで怪我した事、言わないの」
「ガン無視かよ」
「なんで!ま、またあの人が来たって」
「…火神のヤツ」
「その怪我は!?何かされたの!?」
「そうじゃねえよ」
「じゃあ、」
「はあ……言ってどうなるよ」
「っ」
溜息と共に落とされた言葉に弾かれたように顔を上げると、眉を下げ目を細め私を見下ろす大輝の顔があった。
…怒ってる。
眉間に皺を寄せているわけでもないその顔はハッキリ怒りを表す表情よりも数段迫力があって、約束を守らず連絡すらしないでここにやって来た私を非難しているようだった。
『言ってどうなる』
確かに私に言った所ですぐに怪我を治せるわけでもないし、きっとこうやって実家を飛び出して来て同じ様な状況になっていただろう。
それでもただ心配だった、顔が見たかったし触れたかった。
ただの自分のエゴだと分かってはいるけど彼の事となるとダメなのだ…そう、ただのエゴ。
彼に見下ろされながらそんな事を考えていた私はだんだんと自分が情けなくなって来て、いつの間にか視線は下がり彼に回していた手の力は緩んだ。
少し右を向けば怪我をした左腕が視界に入る。
綺麗に巻かれた包帯を見て、ああ、私に出来る事なんて何もないじゃないかと項垂れた。
これ以上迷惑を掛ける前に帰ろう。
そう決めて手を彼の体から離して一歩下がろうとした私の体は、強く引っ張られて大きな体に逆戻りした。
驚いて思わず距離を取ろうとすれば
「っ、いってえ、」
「!」
「さすがに左じゃ抱けねえな」
「っ、ごめん!腕っ」
左腕に私の体がぶつかってしまった。
けど大して気にする事なく、彼は右腕一つで私を抱き込んでまた一気に距離が縮まる。
そのまま小さく頭突きをされて顔を上げた私は大人しく彼の唇を受け止めた。
「う、っん」
「ん、」
パッとすぐに顔を離された事に戸惑う。
窺うように彼を覗き込むと揺れる瞳が私を捉えた。
「…今日は」
「?」
「家、帰んぞ」
「!」
「…もうちょい待ってろ」
「っうん!」
「…んと、お前って」
「?」
「1週間分、覚悟しとけよコラ」
「え、」
『------』
大輝は私を解放すると事務所から出て行った。
後ろ姿をボーッと見つめながら最後に耳元で低く落とされた言葉を反復していた。

『早く抱きてえ』

一人残された私は窒息してしまいそうだった。
ああ、愛しくて仕方ない。

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