Hold me more! | ナノ

6

パタン…
出来るだけ音を立てないようにそっとドアを閉める。
そして窒息しそうな程詰まり過ぎて苦しかった息を吐き出した。


「っ、な、なんで」
遅番で夜のホールを駆け回っていた私の視界に入ったのは、1週間程前思わぬ再会をしてしまった元彼だった。
友達らしき数人とテーブルを囲み笑い合っていた。
あの中の一人は何度か会った事がある気がする。
でもそんな事はどうでもいい。
とにかく見付かる前にと慌ててて事務所へ逃げ込んだけれど見られていないか心配だ。
大輝は赤司さんのお手伝いで出掛けていてもうすぐ帰って来るはずだけど、早く来て欲しいような今は止めて欲しいような微妙な所。
鎮まらない過剰な心音を落ち着けようと深く息を吸い込み吐き出す。
逃げ込んでしまったけれどここにずっと居るわけにもいかない。
またホールに戻らなければならないのだから。
ガチャリ、不意に事務所の扉が開いて背筋がピンと伸びた。
入って来たのは大輝だった。
「あ?」
「あ、お、おかえり!」
「おう。何してんだ」
「あー、ええと…ちょっと、トイレ」
「なんだよ、ウンコか?」
「ち!違うよ!」
「あっそ。ちょっと店覗いてくるわ。お前も早く戻れよ?」
「うん」
特に勘繰る事なく大輝はエプロンだけ引っ掛けると店内へのドアを押して一歩踏み出した。
ホッとしつつも少しだけ一緒にいて欲しかったななんて思ってしまった私の心は思いの外動転しているみたいだ。
ここ最近、大輝は仕事に結構真面目だ。
今日も赤司さんに何か言われたのだろうか。
疲れただろうし事務所でちょっとくらい休んでからホールに出ると思っていたのに予想外。
そう思いながら大輝の顔を見てホッとしたのも束の間、ドアの向こうに見えた光景に私は震え上がった。
思わず壁際に身を隠して息を潜める。
聞こえてきた会話にやっと落ち着いてきた緊張が勢いよく振り返した。
「すいません。さっきココに入ってった女の子、もう上がりですか?」
「…はい?」
「だから、女の子。注文しようと思ってたらこの部屋に入ってっちゃったんだけど」
「ああ、今ちょっと休憩スよ」
「なんだ、上がりじゃないんだ。じゃあいつ出てきます?」
「……さあ」
「さあって、アンタ店員だろ?シフトくらい知ってるっしょ」
「なんでそんな事聞く必要があんだ」
「なんでって言われてもね。とりあえずあの子と連絡取りたいんだよね」
「…あ?」
その場から逃げ出したくなった。
あの人は何がしたいのだろうか。
明らかに大輝の声のトーンが変わったのが分かる。
これ以上事を荒立てないで欲しい。
そんな私の祈りは届かない。
「だからちょっとシフト見てきてくれます?」
「ナンパなら他当たれ」
「ナンパ?あー、違う違う」
「あ?」
「俺たち知り合いだし」
「…は?」
「あれ、疑ってます?聞けば分かるよ。別れてまだ半年も経ってないんだから」
「!?」
「あの子の名前はみょうじなまえ、合ってるだろ?呼ぶだけでいいって言ってんだから早くしてくれない?」
そこからの会話は目眩がする程に動揺してしまった私の耳には一切聞こえなかった。
手足が震えて全身の血の気が退いた。
彼とあの人がこんな所でこんなにも簡単に鉢合わせてしまうなんて。
完全に脳内キャパオーバーだ。
もうどうしたらいいか分からない。
バタン!
「!っ!?」
突然のドアの音に驚いたと同時、両手首を物凄い力で掴まれた。
弾かれたように顔を上げるとすぐ目の前に大輝の顔があって、声を出す間もなく上から唇を押し付けられる。
荒々しいキスが息つく暇もない程続き足元がふらつくと、片手が頭にもう片方が腰に回って引き寄せられた。
名前すら呼べずにどんどん深くなるキス。
それでも私に嫌がる理由なんてないから、大輝の腕を掴んで受け止め続けた。
「っ、だ、っあ」
「んっ」
「っふ、」
ちゅうっと音を立てて唇が解放される。
恐る恐る目を開ければ至近距離で絡み合う視線。
彼の瞳は戸惑う様に揺れていた。
その表情は自分が想像していたのと掛け離れていて思わず目を見張る。
「…悪い」
「!」
今度はゆっくり顔が近付いて優しく唇が合わさる。
短いキスの後、私の体は大輝の大きな体に包まれた。
温かい。
「大輝、あの、」
「…」
「…」
「連絡なんか取らせねえ」
「!」
「マジふざけんな」
「っ」
「お前」
「っ、何?」
「今更未練あるとかねえよな」
「っ、そんなの有り得ないよ」
「…」
「大輝だけ」
「あ?」
「私が好きなのは、大輝だけ」
「っ、そうかよ」
「うん…だから、」

『お願い。離れていかないで』

その言葉はまた近付いた大輝の唇に全て飲み込まれた。


未練なんてない。
それは間違いなく本心だ。
それだけは胸を張って言える。
だってあの人を見た瞬間すぐ思い浮かんだのは大輝の顔だった。
私はもう彼なしじゃ生きていけない。
こんなに重い私の気持ちを知ったら離れて行ってしまうだろうか。
相手に依存し過ぎる私がいけなかった?
だとしたら私はまた同じ道を…

大輝の背中に回した手にギュッと力が入る。
それに応える様に抱き締め返してくれた彼にまた愛しさが募った。
私はこの場所を失いたくない。

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