Hold me more! | ナノ

3

「あれ?今日休み、だよね?」
「あ?休みで起きてちゃ悪いかよ」
「だって、だいたいいつも寝てるから」
「…」
「?」
「…」
「!い、いひゃひ」
仕事の準備をする私の隣でミネラルウォーターを豪快に飲み下す大輝を首を傾げて見ると無遠慮に頬をつねられた。
いつもならいってきますを言ってもぐうすか寝ているのに不思議だ。
更に身支度を始めるものだからどこかへ出掛けるのだろうかと思っていると目が合った。
「行くぞ」
「え?」
「え、じゃねえよ。店に決まってんだろ」
「…うん?」
休日出勤なんて珍し過ぎるというか見た事がない。
わけが分からなかったけれど、一緒に行けるなら嬉しいと大人しく着いて行く事にした。


お店に着くと既に鍵が開いていた。
スタッフの誰かが早く来たのだろうかと特に気にせず足を踏み入れると想定外の人物が鎮座していた。
「やあなまえ、おはよう」
「お、おはようございます…赤司さん」
「チッ」
赤司さんに聞こえる程に大きな舌打ちに驚いて大輝を見ると、腕を掴まれて早く事務所に行けと促された。
「お前は早く着替えて来い」
「うん」
「その必要はないよ、なまえ」
「え?」
「いいから奥引っ込め」
「え、ちょっと、どうしたら」
「大輝」
赤司さんの閑な声がお店に響いた。
空気がピリッとした気がして身を強張らせたけれど赤司さんが優しく微笑んだので更に私の脳内は混乱だ。
「なまえ」
「はい」
「今日は別の仕事を手伝って貰うよ」
「おい赤司、それは断っただろうが」
「断るも何も、大輝にこの仕事を断る権利はない」
「はあ?」
「なまえ、これに着替えて」
「え!」
「心配ない。前と同じ、隣に居るだけでいい簡単な仕事だ」
「冗談キツイぜ」
睨みをきかせる大輝を尻目に赤司さんは私にパーティードレスを差し出した。
手渡されたドレスは深みのあるワインレッド。
綺麗な色だし似合う人には似合うんだろうけど、これは私にはちょっと…
「似合わねえな」
「…ですよね」
「大輝、女性に対してそれは失礼だよ。似合ってるじゃないか」
「どこが。全然似合わねえよ」
「彼女の魅力が分からないなんて残念な男だ」
「は?…おい赤司、てめえに何が分かんだよ」
「だ、大輝!」
「今日は晩餐もあるから迎えなら20時以降にしてくれ」
「はあ?んな事聞いてんじゃねえんだよ!つうか夜まで連れ回す気かよ!」
「なまえ、着替えて」
「っはい」
イライラ全開の大輝を特に気にも留めず至っていつも通りの赤司さん。
益々大輝の機嫌は悪くなって、私が着替えを終えてホールに戻ると睨むようにこちらを見てきた。
そんな顔をされても私にはどうしようもないと眉を下げ困った顔をすれば更に睨まれる始末だ。
「行こう」
「!は、はい」
「…なまえ」
「!」
赤司さんの後を追う私を引き留めたのは今まで聞いた事ないくらいの、どれか言葉にするとしたら…『寂しそう』な大輝の声。
睨んでいるのにその瞳の奥は不安げに揺れている。
こんな状況なのに私の心の中は彼を愛しいと思う気持ちで溢れていた。
そんな顔してその声は狡い。
「…迎えは20時ジャストな」
「うん」
「お偉い方と話し中だろうがなんだろうが20時きっかりに仕事終了だ。赤司、てめえが20時っつったんだからな」
「ああ、構わないよ」
大輝は赤司さんからまた視線を私に戻して、私が店を出ていくまでずっと見ていた。

最近の彼はちょっと過保護というかなんというか、特に赤司さんには異常な警戒心を持っている気がする。
私が彼以外の人を好きになるなんて今もこれからも有り得ないのに。
高級車に揺られながらぼんやりとそんな事を考えていると、隣に座ってずっと書類と睨めっこしていたはずの赤司さんから強い視線を感じた。
「…どうかしましたか?」
「それ」
「?」
「手首のアクセサリー…今日のドレスにはあまり合わないな」
「え」
「何か用意するから外してくれ」
「あ、赤司さん。あの、これは」
「ん?」
これはどうしても外せない。
留め具なんてないのだから外すとすれば切らなければならないからだ。
そんな事出来ない。
「すみません。とても大切なものなので…これは外せないんです」
「どうしても?」
「はい」
「…」
「すみません」
ブレスレットに触れ、少し頭を下げて謝った。
沈黙が怖いけれどこれだけは譲れない。
「なまえ」
「っはい」
「君がハッキリ物事を断るのを初めて見た気がするよ」
「!すみません」
「いや、謝る事はない。それだけそのブレスレットが大切だという事だろう」
「赤司さん」
「…巧い男除けを作ったものだな」
薄く笑ってまた書類に目を戻した赤司さん。
とりあえずは分かって貰えたみたいでホッと胸を撫で下ろした。
会場までまだ時間が掛かりそうなので、背凭れに体を預けてそっと目を閉じる。
仏頂面で迎えに来てくれる彼を想像して頬が上がる自分の彼への惚れ込み具合は計り知れない。
早く会いたい。

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