「よう、青峰。早かったな?赤司の付き人は務まったか?」
「うるせえよ、なまえどこだよ」
「今火神の彼女とデザート作ってる。ほら、あれ」
「はあ?」
「楽しんでるからもうちょい遊ばせてやれよ」
「知るか。オレらはもう帰んだよ」
電話があってからそう時間も掛からずに大輝は店にやってきた。
火神さんの声が聞こえて顔を上げると二人はいつもの様に喧嘩腰の会話を飛ばしている。
火神の彼女ちゃんと持ち帰り用のデザートを作っていた手を休めて二人の元に向かった。
「お疲れ様」
「おー。すげえ疲れた」
「デザートあるよ?」
「いらね。早く帰るぞ」
「…い、いらない。そっか」
「おい青峰、せっかくなまえが作ったんだから食ってやれよ」
「てめえいちいちうるせえぞ。干渉してくんな」
「相変わらずだな」
「何がだよ。喧嘩売ってんのか?」
「い、今帰る支度するから!」
慌ててついさっき作り終えた生クリームとカスタードたっぷりのシュークリームを紙袋に入れて上着を羽織る。
既にお店の出入口に立って待っていた大輝の元へ駆け寄った。
「またな、なまえ」
「なまえさん!また一緒に作りましょうね!」
「うん!またね!火神さんも」
笑顔の火神の彼女ちゃんと火神さんに手を振るとその手はすぐに掴まれ引っ張られた。
遠くで『さすが!束縛男!』なんていう火神の彼女ちゃんの声が聞こえて思わず大輝の顔を見上げると、意外にも無反応でただいつもの気怠い目で私を見下ろしている。
パタンと扉が閉まって冷たい空気に身震いすれば空いた手が私の腰を引き寄せ一気に縮まる距離。
「どうしたの?」
「別に」
『何かあった?』
そう聞こうとしたけれどそれは大輝に飲み込まれた。
掴まれた手は引き上げられて彼の首へ誘導される。
大人しく従って両手を大輝の首に回せば大きな両腕にぎゅっと抱き締められて、そんな彼の行動の愛しさに胸が締め付けられて苦しい。
ここがお店の前だという事も忘れて私は彼を必死に受け止めた。
「え?赤司さんが?」
「オレはぜってえ許可しねえからな」
「でもそれも仕事のうちなんでしょ?」
「認めねえ。なんでお前なんだよ」
「それは分からないけど」
「火神のとこの女でいいじゃねえか」
「火神の彼女ちゃんって呼んであげて」
「どうでもいい。お前は赤司から何言われても頷くんじゃねえぞ」
「え!それは無理だよ!」
「無理じゃねえ」
帰宅後、リビングでお土産のシュークリームと紅茶を並べていると大輝が物凄く不機嫌な声で話し始めた。
以前と同様、赤司さんにまた私を恋人として『女性避け』に連れて歩きたいと言われたらしい。
なんでお前なんだよっていう大輝の疑問には私も同意だ。
だからと言って赤司さんからの依頼を断るわけにもいかない、というか断るなんて私には無理!
断った瞬間を想像しただけで身震いした。
彼の目は逆らえない何かを持っている。
一つ息を吐いてシュークリームを手に取り大輝の目の前に差し出す。
私を睨み付けながらもアーンと口を開けたので食べさせようと距離を詰めると手首を掴まれた。
「っわ!あ!!」
「あー、潰れたな」
驚いて手に力が入ったせいでシューを潰してしまった。
指の間に生クリームとカスタードが漏れ出し手の甲を伝う。
それを見た大輝の目が私の目を捕らえてニヤリと笑った。
「旨そうじゃん」
「っ、シュークリーム、まだあるよ」
「オレのはコッチの潰れたやつだろ」
「いいよ!新しい方、食べて」
「コッチでいい」
「!」
一気に手を引かれて大輝の腿の上に座り込めば、ぬるりと生温い舌が私の指先を舐め上げる。
大袈裟な程に身を強張らせると頭上からクツクツと笑い声が漏れた。
こういう時の彼は決まって楽しくて仕方ない顔をして私を見ている。
顔を上げればほら、予想通り私の反応を楽しんでいた。
「これ、使えるな」
「え?」
「シュークリームプレイでもするか」
「!?」
さっきまでの不機嫌はどこへやら。
もう一度ニヤリと口元をつり上げて笑い私をソファに押し倒す。
そうやって私を見下ろす顔も好きだなとか恥ずかしい事を考える私は、もうこの一生を終えるまで否生まれ変わったって彼以外を受け入れる事はないだろう。
要するにベタ惚れだ。
結局大輝はシュークリームはベタベタして甘過ぎて萎えるなんて言いながら、もう1つの無事だったシュークリームも食べてくれた。
火神の彼女ちゃん、ほらね?
「優しいんだけどな」
「あ?」
「なんでもない」
「あっそ」
この人、結構優しいんだよ?
分からないかなあと思いつつ、彼の優しさが自分だけに向いていれば幸せだと思う私は欲張りだろうか。
火神の彼女ちゃんに知って欲しいけど欲しくない、そんな感じ。
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