Hold me more! | ナノ

26

「え?」
「赤司に呼ばれてるから…先に帰ってろ」
「また?」
「すぐ終わる」
「…分かった」

最近こんな会話が増えた。
退勤時間があまり変わらない時は彼を待って一緒に帰ろうと思っても、だいたいがこんな感じで先に帰れと言われる。
ちゃんと家に帰って来てくれるし他に特に変わった様子もないので気にする事もないのかなとは思うけど、本音を言うと少しだけモヤっとしている。
火神さんと火神の彼女ちゃんの結婚式から2週間程経っていた。

街はもうクリスマス一色でキラキラと眩しいくらいのイルミネーションで溢れている。
去年の今頃、私は沢山を失って捨てて一人草臥れていたっけと苦笑い。
この一年本当に色々な事があったけど今は幸せだと思う。
きっとこれ以上の幸せを求めたら罰が当たるだろう。
でもちょっとだけ欲張りが許されるなら、今年のクリスマスは大輝と二人で過ごしたい。



「…ただいま」
「おかえりなさい」
先に仕事を終えて帰ったはずの大輝が、ラストまでだった私より遅く帰って来た。
少し疲れた様子の彼に不安が過る。
赤司さんからまた新しい仕事でも受けたんだろうか、もしかしてまた出張とか。
それとも他に何か?
色々な事が浮かんだけれど聞くのも憚られて押し黙る。
上着を脱いで何故か突っ立ったままの大輝と目が合って首を傾げると、ちょっと不機嫌な顔で顎で『来い』と言われて益々わけが分からない。
何か不機嫌になるような事したっけ?
そう考えながらも引き寄せられるように彼に近付けば、ただ抱き締められて冷えた顔に頬擦りされるだけだった。
つまりもっと意味が分からない。
「大輝?」
「ん?」
「どうかした?」
「どうもしねえよ」
「そうなの?」
「あー、でも…腹は減った」
「ご飯出来てるよ」
「それはまだいい。その前に食いてえもんあるし」
「…食べ物なの?」
「まあ、そうだな」
「…美味しいの?」
「そりゃな…飯の前に食いてえくらいだからな」
「…」
「食っていいか?」
「っ聞かなくていいよ、そういうのっ」
「んじゃ、遠慮なく」
遠慮なんて言葉似合わないくせに本当に今日は一体なんなんだと、わけが分からないまま彼の強引な唇を受け止めた。
嗅ぎ慣れた匂いが鼻腔を擽り、私はそれに安堵してまた彼に全てを預ける。
何に悩んでいたんだろうという気持ちになる。
十分幸せだ。




「いらっしゃいませ」
「二名様ご案内です」
12月25日、店内はほぼカップルの客で大混雑。
予約のお客さん以外は席が空くまで待たせてしまう事になるのに、それでも寒い中外で待ってまでこの店に来てくれるのだから有り難い事だ。
幸せそうな笑顔が溢れるこの空間で、今日はしっかり22時までお仕事。
その後は近隣店舗のスタッフを集めたクリスマスパーティーが開かれる事になっていて、必然的に二人きりのクリスマスが出来ないのは確定していた。
ちらりと彼に目をやると次々に注文される飲み物を休みなく作っていて、暖房の効いた店内が暑いのか額にはうっすら汗が滲んでいた。
そんな事にドキドキしてしまった不純な自分が恥ずかしい。

「二名様でご予約のみょうじ様」
ふと自分の苗字が呼ばれてなんとなく視線を入口に向けると、なんとそこには父と母の姿があった。
あまりの驚きで立ち尽くしていると、私に気付いた母が苦笑いで小さく手を振ってきた。
隣の父は一瞬だけ私を見たけれどすごく不機嫌そうだ。
二人してこの親不孝な娘がクリスマスに一人働く姿を見に来たのだろうか。
きっとここを教えたのは兄だろう。
全くいつもいつも余計な事をしてくれる。
いつか大輝を紹介したいと思っていたけれど、この混雑の中慌ただしく『あの人が私の彼氏です』なんて説明する余裕もない。
もう一度大輝の方を見れば、相変わらずドリンク作りに追われている。
何にしても今は私はここのスタッフで二人はお客さんだ、そう頭に叩き込んで席に向かった。

「なまえ、元気でやってるの?」
「…うん」
「全く…顔も見せに来ない親不孝者が」
「ごめん、お父さん」
「ほら、お父さん。仕事中なんだからお小言は、ね?」
「そんな事分かってる」
「…ご、ご注文は」
「そうね、」
「あそこで作ってる奴の、一番自信のあるやつでいい」
「え?」
父が指差したのはカウンターにいるドリンク担当のスタッフ、今そこには当然一人しかいなくて…
こうなったら今紹介してしまおうかどうしようかと一人慌てていると、母が言葉を付け足した。
「今日はお父さん、なんでもいいから美味しいお酒が飲みたいんだって」
「え」
「ここのお酒はどれも美味しいんでしょ?」
「それは勿論!」
「だから、その中の自信作が飲みたいんじゃない?」
「か、かしこまりました」

注文を受けたものの実質決まっていないのだから書くわけにもいかず、伝票は空欄のまま彼の元に向かう。
近付いてきた私を一蹴して彼は作業を続けていた。
「次、注文は?」
「!あ、あの…」
「なんだよ、早くしろ」
「何かは決まってなくて、」
「はあ?」
「あ、あそこの年配の夫婦」
「…が、何?」
「なんでもいいから、このお店の自信作…だって」
「っはは!んだよ、それ」
「ごめん、困るよね」
「なんでお前が謝んだよ」
「あー、いや、なんとなく」
「リョーカイ」
「え、いいの?」
「は?いいのって、お客サマのご希望だろ?」
「そう、だね。お願いします」
「変なヤツ」
ククッと笑いながら自信作とやらを作り始める大輝に見惚れる。
こんなにかっこいいんだよって見せ付けてあげたかったけど、バタバタしてる時に紹介なんてきっと失敗するに決まってる。
今日は美味しいお酒とご飯を楽しんで帰って貰おうと決めて自分もホールに戻った。
大輝がどんなお酒を作るのかちょっと楽しみだ。

なんて思って、両親の元へ自分で運ぼうと思っていたお酒は、私が他の注文を取っている間に既に運ばれていた。
しかも…
「お待たせしました」
「どうも」
「ありがとう」
他にホールスタッフの手が空いていなかったのか、作った大輝本人がテーブルに届けていた。
あのお酒は、
「真っ青だな…これは?」
「自信作です」
「綺麗なブルーね」
「スカイダイビングです」

ドクドクと心臓が騒ぎ出した。
あれは…あの鮮やかな青は忘れもしない。
何もなかった私が色に惚れて味に惚れて散々飲んで酔い潰された…今思えばまるで大輝を表してるみたいなカクテル。
お酒の説明をしているのか未だ会話を続ける三人をぼうっと見ていると、深く一礼をしてから大輝が戻ってきた。
ポン…
大きくずっしりした手が優しく頭に乗ってハッとして顔を上げると、ニヤリと口元を上げた大輝と目が合う。
この様子だと自信作は気に入って貰えたみたいだ。
「何してんだ、早く仕事戻れよ」
「うん!」

いつか両親に、あの時のあの人が私の好きな人だよって言える日が来ればいいな。
そう思いながら笑顔でホールに戻った。

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