Hold me more! | ナノ

25

「うっ、…ズズッ」
「…泣くのかよ…お前はアイツの親か」
「だ、だって」

火神さんと火神の彼女ちゃんの結婚式。
あっという間にその日はやって来た。
神聖な教会…鮮やかなバージンロードを歩く火神の彼女ちゃんと、その姿をまっすぐに見つめて優しげに微笑む火神さんを見守っていたら込み上げてくるものがあって、気付けば私は鼻水を垂らしながら涙していた。
隣の彼は多分ドン引きだ。
だからといって一度出て来てしまった涙はなかなか引っ込んではくれなくて、諦めて枯れるまで流している事にした。
恥ずかしいも何もない。
ただ幸せな二人を見て心から本当に良かったという気持ちで溢れていた。
「はぁ……お前な」
「うん?」
不意に隣から呆れ混じりの声が上がって顔を向ければ目の前に大きな手が迫った。
反射的に目を瞑ると目元に布の感触。
じわりと染み込んだ水分、彼は無遠慮に強く押し付けたハンカチでその涙を拭ってくれた。
「お前の、それもう吸収しねえだろ」
「…っふ、本当だ」
彼の言う通り私の薄手のハンカチはもうかなりの水分を吸収していてそろそろその役目を果たせなくなりつつあった。
「鼻水は拭くなよ」
そう言ってハンカチをグイッと私に押し付けて前に向き直る。
その視線の先には幸せいっぱいに微笑み合う新郎新婦。
彼は二人の姿をどんな気持ちで見ているのだろう。
聞けもしない言葉を飲み込んで自分も前を向き、二人の幸せを願った。




「なまえさん、今日はホントにありがとうございました!」
「こちらこそ!火神の彼女ちゃんすっっごく綺麗だったよ、本当に。改めて、おめでとう」
「っありがとうございます」
「私嬉しくてバカみたいに泣いちゃって」
「あ〜、バッチリ見えてましたよ!大我さんと並んだ時一緒に気付いて」
「えっ!そうだったの!?」
「号泣なんですもん!大我さんもまるで俺らの親みたいだなって言ってて、こっそり笑ってました」
「うっ…それ、大輝にも言われた…ごめんね、見苦しいものを」
「まさか!嬉しかったです、なまえさん」
「火神の彼女ちゃん」
二次会の席、歓談の時間に火神の彼女ちゃんが一番に私のところまで来てくれて改めてお礼を言われた。
瞳にうっすらと涙を浮かべて微笑み私を見る彼女は妙に色気があって、今日1日でなんだかすごく大人びたというか…例えば彼女を言い表す言葉が「可愛い」から「綺麗」になった、そんな感じだ。
もう一度綺麗だよと伝えれば照れ笑いに変わって、頬を赤く染めながら「言い過ぎです」と口を尖らせた。
これでは火神さんも可愛くて仕方がないだろうなと、幸福者の新郎を視線で探す。
その姿は大輝の隣にあった。
向こうの方で黄瀬さんや赤司さんを含めたすごくカラフルな髪色の集団に合流して盛り上がっている。
火神の彼女ちゃんは一度そっちに目をやってからニコニコしながら私に視線を戻した。
「お二人の式も楽しみにしてますね!じゃあ、いっぱい料理食べて楽しんでください!」
そう言って級友たちの輪にとけ込んでいった火神の彼女ちゃんを笑って見送る。
ちゃんと笑えていただろうかと頬に手をやり、周りに気付かれないようにそっと息を吐いた。


大輝は彼らの元に行ったきり戻って来ないので一人料理をつまんでいた私だけれど、火神の彼女ちゃんのお友達数人がわらわらと集まってきて私を話の輪に入れてくれた。
おかげで寂しい思いをする事なく楽しめている。
皆彼女のように社交的で明るいいい子ばかりだった。
「大きな声じゃ言えないですけど…火神の彼女の旦那様のお友達って、皆レベル高くないですか?」
「思った!あの辺りだけ明らかにすごく華やかだよね」
「なまえさんの彼氏さん、あの中にいるって火神の彼女から聞いたんですけど!どのイケメンさんです?」
「えっ!」
「気になる!あの金髪の超カッコイイ人ですか?」
「えー、知的そうな眼鏡の人じゃない?」
「そうかな〜、あの色素の薄い優しそうな人って気がする」
「待って、やっぱ一番背高い人かも?なまえさんに甘えてそう」
「それかあの噂の怖〜い社長様とか!」
「や、あの…」
彼女たちが口にするそのどれもがことごとく不正解で、表には出ないにしても自分がどんどん落ち込んでいくのが分かった。
…そんなに似合わないかな。
「あのね…、あの一番色黒のヒト」
指を指す事は憚られたので一番分かりやすい言葉で正解をポツリと呟く。
皆からじっと覗き込まれて苦笑いしながらそう答えると一瞬空気が固まった気がした。
「そうなんですか!」
「意外です!」
「それ失礼だよ!って思ったけどやっぱり私も意外です!」
「なまえさんってワイルドな感じの人が好きなんですね!」
「肉食系!オラオラ!ひゃーっ!」
一人が声を上げると途端に皆のテンションが上がって盛り上がり始めた。
ちらりと彼の方を見たらバチッと目が合って、別に何か悪い事をしたわけでもないのに心臓が跳ねた。
思わずそっと視線を外して、興奮状態の彼女たちを落ち着ける作業に…
「出会いは!?ナンパですか?」
「合コンで即狙われたとか!?」
「なんか私、強烈な壁ドン妄想しちゃいました!」
ダメだ、皆目が輝いてしまっている。
口々にまた返答に困る不正解を言い放つ皆に気圧されつつ、まさかあんな衝撃的な出会いを説明する事なんて出来ないと口ごもる。
それでもあまりに飛躍していく話をそろそろ止めなければとついに待ったを掛けた。
「待って待って、ストップ!」
「あっ、すみません!盛り上がっちゃって」
「悪ノリしちゃいましたね…ごめんなさい」
「すみません…気分悪くしちゃいましたよね」
「っふふ、大丈夫だよ。見た目ああだけどね、あの人すごく、」
「オレが、なんだよ」
「「「「!!」」」」
皆が皆話に夢中になっていて、すぐ後ろまで来ていたなんて全く気付かなかった。
響いた低い声に皆が一斉に顔を向けると、口元をニッとつり上げた大輝が私たちを見下ろしていた。
もう嫌な予感しかしない。
「ナンパに合コンか」
「!」
「ちげえだろ…オレらがどうやって出会ったか説明してやりゃいいじゃねえか」
「!」
「お前がバーで」
「っうあああああっ!!」
「「「!?」」」
言い掛けた大輝の口を両手で押さえて大声を上げた私に皆が驚いて固まる。
恥ずかしすぎる。
更にはヒールに背伸びをしているせいでバランスを崩して、グラリとよろけた私を大輝の腕が引き寄せた。
女性陣から小さく黄色い声が上がる。
「ひゃ!」
「羨ましいっ」
「ここにも幸せなカップルが!」
人に見られているこの状況になんだか無性に恥ずかしくなってきて、みるみるうちに顔に熱が集中して多分今私の顔は真っ赤になっているんだと思う。
早く体を離して欲しいと顔を上げると、ちょっと驚いたような表情。
今の私、そんなに酷い顔だろうか。
「…だ、大輝」
「…」
『ご歓談のところすみません!皆さん!今からゲームをしますので、』
そろそろ離してと声に出そうとした所でそれは司会の人の声に阻まれた。
と同時に、
「行くぞ」
「え?」
「いーから」
腰にあった手が今度は腕を掴んで強く引っ張られる。
わけも分からずただ引かれるままに歩き辿り着いた先は冷たい風が吹き付けるバルコニーだった。
「っ、寒」
なんで外!?と聞いた所で理由なんて教えてくれないのは分かっているから聞く事はしない。
誰かのせいで火照った顔を落ち着けるにはいいのかもしれないけれどこの格好ではさすがに寒い。
あまりの寒さに自分を自身の腕で抱き締めるようにしてぶるぶると体を震わせていると、正面から長い両腕に捕まり抱え込まれた。
「?」
「…」
意図が読めずに表情をうかがおうと顔を上げれば、身を屈めた彼の顔がちょうど迫ってくるところだった。
間もなく触れ合う唇。
心なしかいつもよりちょっと優しいと感じるそれを、少し背伸びして彼の大きな背中に腕を回し受け止めた。
なんだかよく分からないけれど今はすごく幸せな気分だ。
会場内から聞こえてくる盛り上がる皆の声を聞きながら、私たちは二人ただお互いを求め合っていた。

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