Hold me more! | ナノ

24

「これ、どうかな?」
「いいんじゃねえの?どれでも」
「…うん」
10月も半ばに差し掛かった頃。
久しぶりに重なった休みを利用して、火神さんと火神の彼女ちゃんの結婚式に着ていくパーティードレス探しに出掛けていた。
特に拘りは無いし、シンプルで目立たなければそれでいいと思っていた。
けれどいざお店に着くとキラキラした雰囲気につい気分が高揚してしまって、彼を待たせて試着を繰り返している始末だ。
始めは彼も一通り一緒に見て回ってくれていたけれどそろそろ飽きてしまったらしい。
彼のスーツは赤司さんの計らいでグループ提携の有名なアパレル会社で仕立てて貰ったから既に決まっていた。
その会社に私のもの頼んでくれると赤司さんに声を掛けていただいたのだけれど、それを却下したのは今つまらなそうにソファでだらけている大輝だった。
赤司さんから与えられる物を身につける事を、彼は出会った最初の頃から嫌がっていたなと思い出して素直に従ったのだけれど…
「ちょっと電話…外出てくる」
「うん」
これは…そろそろ決めないとマズイかもしれない。

結局一番最初に手に取ったものに決めて、もう一度鏡ごしに合わせて最終確認。
ドレスをお店の人に手渡そうとした所で大輝が戻って来た。
「すんません、それキャンセルで」
「え?」
「行くぞ」
「え、待っ」
「いいから。時間ねえ」
唖然とする店員さんに頭を下げて店を出た。




「やあ、なまえ」
「…こんにちは、赤司さん」
「とりあえず奥の部屋に行ってくれるかな」
「?は、はい」
「あー、ダメダメ。男はここでステイだよ」
「はあ?別にいいだろ」
「採寸だけだ。女性しかいないから安心して」
「っ別にそういう心配したわけじゃねえよ」
タクシーに押し込まれて辿り着いたのは赤司さんがいる本社で、着くなり社長室に通されたと思ったらこんな状況だった。
あれだけ赤司さんからの伝手を嫌がっていたのにこれはどういう事なのか、今私は数名の女性に囲まれてされるがままに全身を採寸されていた。
隣の社長室からは、会話までは分からないけれど大輝の低音だけがやけに響いてくる。
赤司さんに失礼な事を言っていないといいけど。
小さく息を吐くと、目の前の女性がクスリと笑った。
「素敵な彼氏さんですね」
「えっ」
「赤司社長もすごく素敵ですけど、また違った感じで」
「は、はあ」
「私もあんな彼氏が欲しいです」
「私も!羨ましいです!」
ちょっとだけ不安な気持ちになってしまった。
当たり前のように隣に居るけれど、彼女の言う通り赤司さんとは違った魅力溢れる彼はどこに居てもきっと女性の目を引くのだ。
モヤモヤと余計な事を考え始めた頃、部屋のドアがものすごい音を立てて開いた。
「!」
「ちょっ、」
「っお待たせしました!只今終わりましたので!」
「…ども」
ちょっと待って。
採寸が終わっていたとしても私は下着姿のままだ。
女性スタッフが小声でキャーキャー言いながら部屋を出ていくのを呆然と見ながら、私は恥ずかしさでじわじわと顔が熱くなっていた。
慌てて服を手に取り着替える私に近付く大輝の表情は読めない。
こんな所で変な事をされる前にと着替えを急いだ。
「あ、赤司さんと何話してたの?」
「別に」
「さっきのお店のドレスで良かったのに、私」
「気が変わった」
「そうなの?」
「終わったんなら帰るぞ」
「っうん」
社長室へのドアを開けると笑顔の赤司さんが待っていた。
私と目が合うと更に笑みが深まる。
申し訳ないけれど怖い。
「なまえ、後は任せて楽しみにしていてくれ」
「っはい。あの、ありがとうございます」
「出来上がったら二人分纏めて送るよう手配しておいたからまた連絡するよ」
「何から何まですみません」
「行くぞ」
「あ、ちょっと、待って!じゃあ、赤司さん!失礼します」
「ああ」

さっさと出ていってしまった彼の後を追い掛ける。
しっかり掴まっていないと遠くに行かれてしまう気がして思わず手を掴んでいた。
「!」
「っあ、ごめん!いきなり」
突然過ぎて驚かせてしまったのか、手を繋ぐなんて嫌だったのか…後者だとしたら相当落ち込んでしまうのだけれど、私の手が触れた瞬間彼は体を揺らして振り返った。
つまり私の手は空を彷徨っている。
「…帰ろう」
「なんで謝んだよ」
「え」
「お前さ」
「何?」
「もっと堂々とすれば?」
「え?」
「何にビビってんのか知らねえけど」
「…」
「こっちも自信なくなってくるっつの」
「ど、どういう」
「…いい。帰んぞ、もう」
「!」
彼の手が私の手を掴んだ。
私は言葉の意味を理解出来ずに、けれどこれ以上聞く事は出来なくて手を引かれるまま歩くしかなかった。




「ただいま」
「おー、お疲れ。赤司んとこからさっきスーツとドレス届いたぞ」
「わ、早いね!」
「開けるか」
「うん!」
私だけ出勤だった今日、大輝は1日家で過ごしていたのか私が帰宅すると朝と同じ格好で寛いでいた。
赤司さんから届いた箱は高級感があって、宅急便の人もさぞ扱いにくかっただろうなと考えていたらそれは私の思い込みだったらしい。
赤司さんのお付きの人がわざわざ届けてくれたみたいだ。
益々畏れ多い。
丁寧に箱を開けてまずは大輝のスーツを取り出す。
黒に近い濃紺の光沢のあるスーツだ。
滑らかな生地の感触に、どんなにいい生地を用意してくれたのだろうとドキドキする。
赤司さんから届いたら試着をしろと言われていたらしく、ポイポイ服を脱ぎ出した彼は早速着る気のようだ。
視線を箱に戻して続いて目に入ったのはドレス。
「うわ…綺麗」
取り出したドレスを広げて思わず感嘆の息が漏れる。
艶がある濃紺地の膝丈のワンピースで、ウエスト部分に黒のサテンリボン、裾には同じく黒のレースがあしらわれ大人っぽい落ち着いた雰囲気だ。
それからファー素材の黒のボレロが付いていて、寒くなってきた今の季節にきっと丁度いい。
私には勿体ない代物だ。
お代は後日という話だったけれど、こんなに素敵なもの一体いくら掛かるのか今更心配になってきた。
生地はしっかりしていて触り心地がすごくいいしこのファーだって高級な毛だったらどうしよう。
色々と悩みながらも私もドレスに袖を通した。

「さすがだな、ピッタシだ」
振り向くと既に着替え終えた大輝が腕を上下させたり立ったり座ったりして着心地を確かめていた。
一通り動いて満足したのかこちらを向いてスッと立ち上がった大輝に思わず見惚れる。
彼の言う通り本当にジャストサイズで、がっしり引き締まった体型にフィットしていて男らしさが駄々漏れている。
中に着たボタンダウンのベストの効果なのかより引き締まって見えた。
暗い色のスーツにシルバーのネクタイとポケットチーフがすごく良く映えて綺麗だ。
男性のスーツはだいたい同じような感じだろうと思っていたけれど、物自体がいい事に加えてそれを完全に着こなしている大輝を見て小さく息を吐いた。
どれだけ一緒に居ようと私はいつだって彼の全部にドキドキさせられる。
狡いなあなんて心の中で呟きながら背中のファスナーを上げて私も試着完了だ。
「お前のはどうよ」
「うん、ぴったり…すごい」
「まあ、赤司んとこのだからな」
「大輝…かっこいい、すごく」
「っ、は!?」
「え!あっ」
想定外に漏れてしまった本音に驚く私と目を見開く大輝。
恥ずかしいし言ってしまったのは取り消せないし取り消す必要もないんだけど、その言葉の通り本当に似合っていて…
どうしたものかと何も言えずに視線を落としてウエストのリボンを弄っていると、ふと頭上が陰った。
と同時に私は大輝に抱き締められていた。
「っ、どうしたの?」
「別に」
「?」
「…」
「服、シワになっちゃうよ」
「…だから今脱がしてやるよ」
「!」
ハッとした時にはもう遅くて、一気にファスナーが引き下ろされてドレスがパサリと音を立てて床に落ちた。
っ何この早業!!なんて思って身動ぎしていれば耳元に触れたのは唇。
「動くなよ、スーツがシワんなる」
「っじゃあ!着替え、」
「お前も…すげえいい女に見えたわ」
「!!」
低い声が耳を擽って簡単に私は腰砕けになる。
私ばかりがどんどん好きになってどんどん溺れてこんな事ばかりだなと思いながらも、恥ずかしさと純粋な幸せな気持ちに満たされて彼の新品スーツの背中に腕を回した。

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