Hold me more! | ナノ

23

「お邪魔するよ、なまえ」
「どうぞ!すいません、散らかってて」
大輝の誕生日から数日後の一日休みの日、遅れて出張から戻った赤司さんが一人で家を尋ねてきた。
大輝は仕事に行ってしまったと告げたけれど構わないよと言うので中に通す。
何事かと身構えている私を優しく笑った彼の顔に少しだけホッとした。
難しい話ではないらしい。


「同居人を暫く駆り出してしまって悪かったね」
「いえっ、そんな…お仕事ですから」
「なまえのような理解のあるパートナーを持って彼も幸福者だな」
「あ、あの…今日はどうしたんですか?」
「ああ、そんな怖がらなくても平気だよ。ただお礼に来ただけだからね」
「え?」
赤司さんは目を細めて綺麗に微笑むとテーブルの上にそっと封筒を置いた。
高級感のある封筒に思わず身を引いてしまう。
お礼と言っているけどまさか中身は辞令とか…なんてそわそわしていると赤司さんはまた笑った。
「っふふ…安心して開けてみて」
「?…は、はあ」
そうは言われてもと内心思いつつ恐る恐る封を開ける。
手に触れたのは数枚の…
「チケット?」
封筒からゆっくりと引き出して行くと見えてきたのは見覚えのあるロゴだ。
赤司グループの有名などのホテルでも使えるチケットだった。
「え、赤司さん、これ」
「なまえのおかげで珍しく真面目に仕事に取り組んでいたからね。こちらとしても助かった」
「でも」
「不服?」
「っいえ!そ、そうじゃなくて」
ギフトチケットとプリントされたその下、金額を見て見間違いかもしれないと何度もゼロの数を数えていれば目の前からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
何度数えてもそのゼロの数は変わらなかった。
「っご、ごじゅうまん…」
「使用期限はないから自由に使って。勿論仕事に支障がない程度にね」
「でもあの、赤司さん…これは私がいただくわけには、」
「何故?厚意を無駄にするつもりかい?」
「いや、そうじゃなくてですね」
「じゃあ何故」
「だって、頑張ったのは大輝ですし」
「…っふふ。言ってた通りになったな」
「え?」
「いや、なんでもない。なまえが受け取って大輝に伝えてくれればいいよ」
「…はあ」
「そろそろ素直に受け取ってくれないか?」
「あ、ありがとう、ございます」
「良かった。じゃあ、話はそれだけだから」
赤司さんはお茶を一口飲み立ち上がるとスタスタと玄関に向かってしまった。
私は後を追って、靴を履き振り返った赤司さんに深々と頭を下げた。
「わざわざありがとうございました」
「気にしないでいいよ。大輝に貸し一つ出来てこちらとしても都合がいいからね」
「え?」
「ああ、…ふふ。こちらの話だ」
「?」
「じゃあ。引き続き店を頼むよ」
「はい!」
ちょっと意味あり気な言葉を残して赤司さんは帰って行った。




「おかえりなさい」
「おー…ただいま」
今日は余程忙しかったのか帰って来るなりソファに倒れ込んでしまった。
だらんと伸びた体は当然ソファからはみ出ているけどもうピクリとも動かない。
暫くすると寝息が聞こえてきたので、起こすのも可哀想だしとお腹の辺りにタオルケットを掛けてその姿をじっと見つめた。
「子供みたい」
寝入ってしまった彼の顔はいつもの鋭い表情は消えて、ふやけたみたいな緩い顔になっている。
起こさないようにそっとソファに腰を下ろして彼の体に寄り添った。
「ん」
小さく声が漏れ聞こえてモゾモゾ動いた彼の腕が私を引き寄せる。
そのまま身を任せていれば、私の体はあっという間に抱き枕になった。
これは完全に寝る体勢だ。
「大輝」
「ん」
「ここじゃ風邪ひく」
「もうちょい」
「疲れてるんだしベッドで」
「今すげー気持ちいんだよ」
「え」
「だから、もうちょい、」
なんだか甘えられている気がして嬉しくなった単純な私は、彼の穏やかな呼吸と共に上下する胸に耳を当てて目を閉じた。
うん…確かに、気持ちいい。





ぐうぅぅ
「…」
自分のお腹の音で目が覚めるなんて思わなかった。
結構な音量で鳴り響いた気がして恥ずかしい。
とりあえず起きようとモソモソと体を動かすと、
ぐうっ
「!」
今度は背中ごしに豪快な音が響く。
自分のじゃなかったと少しホッとしたのも束の間、どうやら私のお腹の音はバッチリ聞かれていたらしい。
「…オレも腹減った」
「っお、おはよう」
「はよ。飯にしようぜ」
「!」

二人してソファで寝てしまったはずなのに朝起きたらベッドに寝ていて、しかもちゃっかり彼からはボディソープの匂いがしていた。
あれから一度起きたみたいだ。
コーヒーを淹れて彼が寛いでいる間に簡単な朝食を作り始める。
目玉焼きを作りながら野菜を千切っていると、カウンターの向こうから寝起きの低音が響いた。
「なまえ」
「ん?」
こういう時はだいたい『なあ』とか『お前』とか呼ばれるのがほとんどで、こんな風にしっかり名前で呼ばれる事はなかなか無いせいか少しドキッとしてしまった。
寝起きの掠れ声が更に私をそうさせる。
火を使っているので声だけで答えると特に話が続くわけでもなく、ずっと続く沈黙を不思議に思って少しだけ振り返るといつの間に移動したのか大輝はカウンターに寄り掛かって私を見ていた。
「どうしたの?」
「…」
「大輝?」
「女親ってのは、」
「?」
「やっぱ娘は特別なんだろーな」
「え?」
突然何を話し出すかと思ったら…もしかして火神さんから何か相談されたりしたのだろうか。
あと2ヶ月もすれば結婚式だし。
ボーッとしながら呟かれた彼の言葉にはなんだか重みがあって、それに触発されたのか私は自身の親の顔を思い浮かべていた。
心配、掛け通しだな。
「火神さんと火神の彼女ちゃんの事?」
「は?」
「火神さんも前に言ってた。火神の彼女ちゃん一人娘だしって」
「…ああ、アイツ独りっ子なのかよ…道理で」
「?火神さんから何か相談されたんじゃないの?」
「いや?なんとなく」
「?」
いまいちな反応に首を傾げつつ会話の間に出来上がった朝食をテーブルに運ぶ。
ちょうど良くトーストが出来上がると、取りに行こうとする私を制して珍しく彼が持って来てくれた。
「ありがとう」
「ん」
どこがどうと聞かれたら難しいのだけれど、今日の大輝はちょっとだけいつもと違う気がした。

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