Hold me more! | ナノ

19

あれから2週間程経った。
私は変わらず仕事に励んで…というよりは仕事をする事で寂しさを紛らせていると言った方がいいかもしれない。
とにかく『仕事人間』って言われるくらいには働いていた。
そんな折、母からの電話の第一声に私の気分は急降下する。

『なまえ、せっかくのプロポーズ断ったってどういう事?』
「…どういう事って、そのままだよ」
『彼、ご迷惑お掛けしましたって挨拶に来たよ?』
「…」
『あんなにいい人そうだったのに』
チクリと胸が痛んだのは後味が悪過ぎるからだ。
どうせなら最後まで嫌がらせだけ突き通して終わらせて欲しかったのに、じくじくと根深く痛む傷を負わされたみたいで酷くモヤモヤした。
だけど自分がどれだけ大輝の事を思っているかも再確認したし、いつまでも湿っぽいままではいたくない。
もうすぐ帰国する彼を目一杯の笑顔で迎えたいのだ。
「お願い。もう暫くそっとしといて」
『…なまえ』
「…何?」
『お母さんはね、ただなまえに傷付いて欲しくないだけなんだよ』
「っ」
『幸せになって欲しいの』
「…」
『親なら誰だってそう願うはずだよ』
「っ、分かってるよ…ごめん」
『じゃあね。体、気を付けて』
「うん」
ちょっとだけ震えていた母の声に目の奥が熱くなって強く目を閉じた。




「なまえっち、大丈夫?」
「!…え、黄瀬さん!?あ!時間っ」
「あー、もしかして寝不足?」
「っごめんなさい!今出るから!」
事務所で休憩していた私はいつの間にか机にうつ伏せになって寝てしまっていて、入れ替わる予定だった黄瀬さんの声で飛び起きた。
交代の時間はとっくに過ぎている。
ああ、やらかしてしまった。
「具合悪いなら無理しないで上がっていいんスよ?」
「え?」
「顔色あんまり良くないみたいだし」
「大丈夫!こ、これは多分寝起きだから」
「そう?」
「ホント、ごめんなさい。黄瀬さんゆっくり休んでね」
「んー…待って。なまえっちやっぱ無理は駄目ッス」
「?」
「帰って」
「え」
「なまえっちがいくら大丈夫って言っても、何かあったら後で俺が青峰っちに怒られちゃうんスよ?」
「…え?」
黄瀬さんは苦笑いしながら私を見た。
どういう事かと首を傾げると頭にポンと手が乗って益々『?』だ。
「青峰っちから俺きつ〜く言われてるんス」
「?」
「なまえっちがちょっとでも無理してそうなら問答無用で帰らせろって」
「え」
「すごい顔で言われたんスよ〜?」
「そう、なの?」
「そうそう!もう、こんなの!」
「っふ、あはは!」
「ね?だから、色々心配で気が気じゃないんスよ、青峰っちも」
「っ」
「あ、とりあえずこないだのプロポーズの事は黙ってるから安心して?」
「あ、ありがとう、」
「ていうか俺怖くて言えないッスよ」
「あー、はは」
思わず笑ってしまった私の頭を黄瀬さんはまたポンポンとして優しく笑った。
大輝に言われたからとかどうこうなくてもこの人は優しい人だ。
厚意を無駄にしないように私はお言葉に甘えて帰らせて貰う事にした。


蒸し返るように暑い部屋にうんざりしながらエアコンのスイッチを入れて、荷物を放ってソファに寝転がった。
「早く帰って来てー」
覇気のない声なのにやけに部屋に響いて、独りだって現実を思い知らされてしまった事に項垂れる。
余計な心配事が一つ減って落ち着いたはずなのに、どうやら思いの外自分の精神状態は良くないらしい。
こういう時はもう何も考えずに寝てしまえばいい。
だらんと全身の力を抜いて眠気に身を任せる。
目を閉じたら真っ先に大輝の顔を思い浮かべていて結局何も考えずになんて無理だったけれど、やっぱり疲れは溜まっていたのかあっという間に深い眠りに就いた。



ヴヴヴ、ヴヴヴ、
「!」
着信を知らせるバイブ音に飛び起きて時計を見ると20時を差していて、あれから私は結構な時間寝てしまったらしい。
床に転がったスマホを掬い上げ画面を見た瞬間私は迷わず通話をタップしていた。
『おせえ』
「っごめん!」
『…寝てたのかよ、こんな時間に』
「え?」
『声が寝起き』
「な、んで分かるかな」
『あ?んなの何回も聞いてるしフツーに分かんだろ』
「…そ、そっか」
ずっと落ち込んでいたくせに声を聞いただけで、些細な事を言われただけで自分の顔が弛んでいくのが分かる。
私の大輝不足は相当な重症だ。
『黄瀬に帰らされたって事か』
「え」
『っつー事は、また無理しやがったって事だな』
「えっ、無理はしてないってば」
『無理してるヤツはだいたいそうやって言うんだよ』
「だ、大丈夫!元気だし」
『あ?俺が帰った時寝込んでやがったら叩き起こしてでもセックスするからな』
「!?っな、」
『ま、寝込んでなくてもやんのは変わりねえけど』
「!!」
『下品だよ、大輝』
『うるせ』
『電話の度にそんな事ばかり言ってるだろう』
『いーだろ別に』
「〜やっぱり赤司さんいる!」
もう驚きはしないけれど電話の奥には当たり前の様に赤司さんがいた。
『早く教えてやりたい事があるんじゃないか?』
『今言うんだよ。ったく監視とかもういらねえだろ…おい、なまえ』
「っ、は、はい!」
『来週…いつかは分かんねえけどソッチ帰るから』
「!っ、ホント?」
『嘘吐いてどうすんだよ』
「帰って来るの?もう行かない?」
『はあ?帰ったら二度と行くかよ』
「だって予定より早いっ」
『早い分にはいいだろ』
『なまえに少しでも早く会いたいから早く仕事が片付くよう頑張ったと素直に言えばいいじゃないか』
『なっ、赤司!てめえ!』
「〜っ」
聞こえてきた会話に目の奥が熱くなる。
ぐっと堪えようとしたけれど呆気なく涙腺は崩壊した。
「嬉しいっ、大輝、嬉しい」
『泣かせたな。早く泣き止ませてやらないと』
『てめえのせいだろが!』
泣きながら笑っている私の顔はきっとぐしゃぐしゃだ。
でもどうだっていい。
『嬉しい』という感覚を久しぶりに感じた気がする。
一対一だったら多分教えて貰えなかった大輝の本音が聞けて監視役の赤司さんが居てくれて今日は良かったかもと思ってみたり。
本当に来週、帰ってくるんだ!
周りが一気に明るくなった気分だ。
大輝の事でこれだけ私の世界は変わる。
通話を終えて浮かれ過ぎて気持ち悪いくらい笑顔の自分の頬を叩いて、でもそんなのじゃ治まらなくて結局またにやけてしまった。
やっと、もうすぐ会える。

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