Hold me more! | ナノ

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「なまえさん。私ずっと気になってる事があるんですけど聞いてもいいですか?」
「ん?何?」
「手首に巻いてるそれ、何ですか?」
「…あ、これ」
「はい」
火神の彼女ちゃんに言われて自分の手首に視線を下げればそこには濃紺の革紐。
いつからか手首にしっくりと馴染んでいたそれは、いつだったか彼が私に巻き付けたものだ。
実際着けた所を見たわけではないけれど、あの時部屋に分解されたメンズのブレスレットが散らかっていたから間違いないと思う。
何?と聞かれると返答に困るけれど強いて言うならこれは…
「んー…首輪?的な?」
「え!?」
「え、や、別に変な意味じゃなくてね」
「ええ!?変な意味じゃないならどういう意味ですか!?」
身を乗り出して来た彼女は興奮気味だ。
まあ首輪なんて言ったら妙な誤解が生まれるかもしれない。
今更自分の言葉選びが失敗だったなと苦笑いだ。
「そうだなあ…初めて貰ったもの、なのかな」
「え!そうなんですか!」
「あげるって言われたわけじゃないんだけど…私が寝てる間に着いてた、みたいな」
「わあ」
「え、何かなその反応は」
「え〜、青峰さんってちょっと可愛いところあるんですね」
「可愛い?」
「はい。だって寝てるなまえさんにこっそりそんな事してる姿想像したらなんか」
「……っふ、確かに。可愛い、かもね」
「ね?」
大きな背を丸めて小さくなって…
悪戦苦闘する彼の姿を想像して火神の彼女ちゃんと私は笑い合った。
彼女とは火神さんの事で暫く気まずい期間があったけれど今ではこうやって楽しく話せる仲になっていた。
私よりずっと明るくて元気で前向きでいつも火神さん大好きを惜し気もなくさらけ出していて…私はそんな彼女がちょっと羨ましい。

「なんだよ、二人とも随分楽しそうだな」
「大我さん!」
「火神さん、お疲れ様。騒いでごめんね」
「全然平気だ。で?何話してたんだ?」
「青峰さんの事ですよ」
「青峰?」
現在この店のオーナーである火神さん。
客足が落ち着いたからか休憩になったらしい彼が火神の彼女ちゃんの隣に腰を下ろす。
彼女の頭をポンポンして微笑む火神さんとそれをニコニコと嬉しそうに受け止める火神の彼女ちゃんはとても幸せそうで、見ているこちらまで幸せな気分にさせてくれた。
「青峰は…ああ、今日は赤司の付き添いか」
「うん、文句言いながら朝出て行ったよ?」
「だろうな」
「いつも火神さんにばかりやらせちゃってるしたまには頑張って貰わないと」
「アイツ、なまえが休みなのに自分が仕事だとすげえ露骨に嫌がるよな」
「ホント青峰さんってなまえさんの事大好きですよね!」
「そ、そうなのかな」
「何言ってるんですか!愛が駄々漏れてますよ?歪んだ束縛みたいな感じですけど」
「お前な…言い過ぎだけどまあ否定はしねえわ」
「火神さんまで」
「なまえさん、青峰さんから毎日愛を囁かれてるんですか〜?」
「え」
「羨ましいなあ」
「火神の彼女、なんだよその目は」
「別に〜」
二人がじゃれる姿をボーッと見ながら私は考えた

好きとか、言われた事ないな。
私の『好き』に対して一度だけ『オレもだ』って返してくれた事があったけど、それ以来そういう類いの言葉は貰ってない。
言われなくても彼の温かくて力強い腕に包まれれば私はどうでもよくなってしまうから特に気にする事もなかった。
でも人に聞かれると気になり出してしまうというのが人の性で、言葉を貰えない事に対しての不安が広がり始める。
私の事『好き』?
どこが『好き』?
面倒だと思われるのがあまりに目に見えていて考えただけで聞こうとする気が削がれる。
でもこの手に巻かれた革紐の事なら、なんとなく聞いてみてもいいだろうか。


『今どこだよ』
「お疲れ様。今火神の彼女ちゃんと火神さんの所で、」
『はあ?何してんだよ、早く帰れ』
「え?あれ、赤司さんとの仕事は?」
『今終わった』
「そうなの?早くて良かったね」
『良かったねじゃねえよ、ったく。火神の店に居んの?』
「うん。でも大輝が終わったなら今、」
『いい、そこで待ってろ』
どこか不機嫌な声音の彼からの電話は私の返事を待たず通話終了。
ふぅと一息吐いて顔を上げると目の前で二人が微笑んでいた。
微笑む、というよりはニヤニヤ?
「ん?」
「なまえさん、嬉しそう」
「え!」
「お前も青峰の事好き過ぎだよな」
「!」
「顔に書いてありますね!」
「ちょ、ちょっと二人とも」
「ご馳走さまですっ!青峰さん来たら弄り倒してあげようっと」
「止めとけ。返り討ちにあうだけだぞ?」
「なっ!そんな事ないです!冷やかしてやるんだから!」
「お前には無理だな」
「大我さん酷いっ!私だってたまには青峰さんやっつけたいです!」
「口で勝てた試しねえだろ」
「酷い!」
妙に盛り上がる二人、主に火神の彼女ちゃんを見ながら自分は彼からの電話一つでそんなにもニヤけていたのかと顔を触る。
毎日一緒に居るのに毎日声を聞いているのに、彼の何一つに飽きる事等なかった。
むしろ私の『好き』は膨れ上がる一方で、青く深い海の底で溺れる様なこの感覚が怖くもあった。
もうすぐ会えると思うと彼を待つこのちょっとの時間でさえも歯痒い。
手首に巻かれた革紐を撫でて彼の到着を待った。

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