Hold me more! | ナノ

18

「なまえさん、大丈夫ですか?」
「!」
「なんだかお疲れですね」
「ごめん!ボーッとしちゃって…大丈夫!」
バイトくんに声を掛けられて我に返る。
はっきり言って色々考え過ぎて疲れていた。
考える事が山程あった。
もう何の未練もないはずの別れた男の事も、実家の親も結婚の話も、会いたくて仕方ない大輝の事も…
嫌な事、考えたくない事だけを綺麗さっぱり記憶から抹消できたらいいのに。
今一番頭を悩ませているあの人に至っては散々嫌がらせをして気が済んでさっさとまた他の女の所に行ってくれればスッキリしたのに、急に真面目になって予想外な事して来るから戸惑うしかない。
そのまま私はずっと妙な罪悪感を拭えずにいた。
更にホールスタッフの男の子から余計な話まで聞いてしまったものだからその罪悪感は更に大きさを増して私の心をモヤモヤさせていた。

『なまえさん、最近大丈夫ですか?』
『…え?何?』
『ほら、オーナーとバトってた男の人の事ですよ。付き纏われたりしてません?』
『あ、ありがとう。大丈夫』
『なら良かったです。じゃああの人新しいターゲット見付けたんですかね?』
『え?』
『こないだたまたま見掛けたんですよ。オーナーとバトるような強烈な人、一度見たら忘れられないですし』
『あー、はは』
『あ!そうそう、駅前に有名なスイーツのお店あるじゃないですか?人気あり過ぎてなかなか買えないっていう』
『…うん』
『そこに並んでたんですよ、一人で!』
『!』
『周りは女の子とかカップルばっかですよ?その中に男一人!失礼ながらそんなタイプに見えないですけど、貢ぎ物ですかね〜』
『そう、なんだ、…』

面倒な事はだいたい私がやっていたし、私の為に物を並んでまで買うなんてするわけないと思ってた。
有り得ないような話に動揺を隠しきれなかったけれど、その話を聞いていたとしてもやっぱりあれは受け取ってなかったとも思う。
でも…本気、なんだろうか。




大輝と離れてもうすぐ2ヶ月という頃。
1ヶ月程私の前に姿を見せなくなっていたあの人が突然お店にやって来た。
この暑いのに上下揃いのスーツ姿…違和感のある服装に店内のお客さんも少しざわついた。
当然汗だくだけどその汗を拭おうともせず私の方を見ている。
その雰囲気に気圧されてしまいそうだ。
今は空いている時間帯な上にホールスタッフには私とバイトくんの二人。
バイトくんは他のお客さんの注文を受けている最中で必然的に私が案内する事になった。
気が退けるけど仕方ない。
「1名様でよろしいですか」
「うん」
「ご案内します」
「ちょっと聞いて」
「!え、ちょっと、」
「聞いて」
「手っ」
腕を掴まれた。
お店である手前思い切り振り払ったり邪険に扱う事も出来ず、少し落ち着こうと一つ息を吐き出す。
そして体半分振り向くと、視界に入ったのは何故か緊張したような表情。
一瞬動揺してしまい動きを止めた私をじっと見て、その人の口は驚くべき言葉を発した。
「なまえ、俺と結婚して」
「…え」
合わせた目は逸らされる事はない。
ちょっと待って、…本気?
びっくりし過ぎて何も答える事が出来ず、私たちの近くの席に座るお客さんが勢いよく振り向いてキャーキャーと興奮しているのをどこか他人事の様に感じていた。
「悪いのは俺だしこんな事言える立場じゃないのも分かってんだ」
「ちょっと、」
「嫌な事しまくって来たし…でもやっぱ諦めらんなかったっつうか、」
「…」
「離れてやっと大事だったのに気付いた」
「!」
「頼む。だから、結婚して」
現実から逃げるように思わず視線をずらした。
何一つ現状を受け入れられない。
でも私を現実に引き戻すように目の前に突き出されたのは指輪で、それが彼氏彼女が交換し合うようなレベルのものではない事は見てすぐ分かった。
小さな箱の中でお店のライトに照らされてキラキラと輝いている。
店内がまたざわついて、人数は少ないとはいえあちこちからお客さんが身を乗り出してこちらを見ている。
じわじわと現状を把握し始めた心と体が妙な震えを引き起こして、言葉の『意味』を受け入れようと脳が働く。
思わず一歩下がると腕を掴む手にぐっと力が入りそれ以上下がる事は出来ない。
浮気した事は事実でそれを許す気はないけれど、想定外のまっすぐな思いだけはしっかり伝わってきて…
本気、だったんだ。
そう感じた。
あれからずっと全部何もかもに不信感しかなかったけれど、この言葉の本気だけはまっすぐ伝わってきた。
だけどこんな状況でも私が思い浮かべるのはたった一人で、私がこんな風にプロポーズされたいと思うのもたった一人。
答えは決まっていた。
「…ごめんなさい」
「っ」
「私もう…あの人以外の人を好きになれない」
「…」
「ごめんなさい」
手の力が少し緩んだ。
そしてゆっくりと離れていく。
「俺、すげえ勿体ない事したって後悔したけど」
「…」
「後悔先に立たずって言葉、身に染みてよーく分かったわ」
「…」
「どうせならあの色黒の目付き悪い男とちゃんと結婚しろよ」
「っ、それは、私には」
「じゃなきゃフラれた俺が余計立ち直れねえわ」



客が一人減った店内は数分もすれば元の雰囲気に戻戻った。
迷惑を掛けた私はホールのバイトくんと奥で様子を伺っていた黄瀬さんや他のスタッフに謝罪して仕事再開だ。
目が合った黄瀬さんに頭をポンとされて目の奥がじわりと熱くなったけど気付かないふりをした。
色々とキャパオーバー…何も考えずに寝てしまいたい。









「え!?結婚式!?」
「えへへ…はい」
「っおめでとう!!!」
「なまえさん!ありがとうございますっ」
元彼からの衝撃のプロポーズから数日後、火神の彼女ちゃんから呼び出された私は彼女からの幸せな報告を聞いて堪らず彼女を抱き締めてしまった。
火神さん!
すごい行動力!
有言実行!
良かった!!
自分の事みたいに幸せな気持ちになってぎゅうぎゅうと火神の彼女ちゃんを抱き締める。
彼女は苦しいですと言いながらも抱き締め返してくれて、その手は嬉しさに震えているようだった。
私に助けを求めてきた時とは違う幸せいっぱいの震えだ。
「なので、なまえさんにも勿論青峰さんにも式に来て欲しいんです。ほんと小さい式なんですけど」
「勿論だよ!」
「ありがとうございます!」
そう言って顔を真っ赤にさせて笑う火神の彼女ちゃんは本当に可愛くてキラキラ輝いていて眩しかった。
私もいつかこんな風に笑える日が来るのかな。

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