Hold me more! | ナノ

17

神様は時に試練ばかりを与える。
神は貴方がそれを乗り越えられると踏んだから試練を与えるのだとどこかの誰かが言っていた気がするけど、そんなものは世迷い言だ。
その試練に必ず打ち勝てるなんて保証はどこにもないし、成功者よりも敗者が多いのがこの世の現実。
なんて小難しい言葉を並べてみたけれど結局何が言いたいのかというと…


試練なんてそこら中にゴロゴロ転がっていて、人が苦しんでる時に更に追い討ちを掛けてくる…この世は理不尽な世界だって事。

「いらない」
「まあまあ、そんな邪険にしないでって」
「そんなのいらないから」
道端でこんな押し問答を繰り返している私と男を通行人たちは不思議そうに見ている。
男の手には最近人気でなかなか手に入らないと言われているスイーツ専門店の紙袋。
本当なら喉から手が出る程欲しいくらいだけど、この人から物を貰うなんて絶対にしたくない。
だいたいこの人が自分から進んで行列で長時間待つなんて事有り得ないし、どうせ誰かに並んで貰って手に入れたに決まってる。
そういう人だった。
頑なに拒む私を余裕の顔で見てくる憎たらしい態度に私のイライラも限界に達しようとしていた。
「意味が分からない。本当に、今更何!?」
「分からなくないと思うけど?やり直そって言ってんの」
「だからその意味が分からない。私にはそんな気全くないから」
「そういえばさ、仕事だからって置いてかれたんだって?」
「!私には私の仕事があるから」
「そう?」
「ま、任されたんだし」
「有望な社員なら一緒に連れてって貰えるだろうし、男も手放したくなきゃどうにかして連れてくっしょ」
「!すぐっ、そうやって」
「嫌な事言うって?でも間違ってないと思うけど?」
「とにかく私はそんな気ないから!あとお母さんに媚びるのももう止めて!ハッキリ言ってもう本当に!本っ当に迷惑!っ、」
思わず声を張り上げてしまい、思いの外キツイ言い方になった事に自分自身戸惑った。
この人に対して怒りがあるのは本当だけど、そこに今の自分の状況や心境の不安定さを上乗せして怒鳴り散らしてしまった事に私は酷く落ち込んだ。
彼が居ない事が益々私の気持ちの余裕を失わせている事実は変えようがない。
もう何も言わずに立ち去ろう。
そう決めて最後に睨み付けてやろうと顔を上げた私は、相手の顔を見て更に戸惑う事になってしまった。
「…あー、なんだろ。色々、言い過ぎた。うん…ごめん」
「…」
「ごめん」
「!」
謝罪の言葉を聞いた瞬間走り出していた。
信じられない。
あの人があんな風にちゃんと『謝る』という行為をしたのは初めてだ。
それから初めて見るその表情がとても演技には見えない、言葉にするなら『純粋』なものだった事に驚愕した。
あんな人の謝罪なんて、浮気して私を捨てたヤツの謝罪なんて絶対に信じられないはずなのに、自分が悪い事をしてしまった様な気分になってしまう程の表情に…私の脳内はもうわけが分からずめちゃくちゃになってしまった。
走り出したのは多分本能だ。
謝罪をそのまま受け入れてしまわない為の防衛本能。

この日から約2週間。
あの人が私の周りに姿を見せる事は無くなった。
後味が悪くて気持ち悪い。
私は絶対に何も悪くない。
悪くないはずなのに、罪悪感に似た妙なモヤモヤは消えてくれなかった。




「もしもしっ!」
『お、速え…休みか?』
「ちょうど、休憩中…待って、そっち今…深夜?」
『ん、あー、2時過ぎだな』
「やっぱり…どうしたの?そんな時間に」
『はぁ?』
「え、」
『…電話しちゃ悪ぃかよ』
「え?」
『は?え、じゃねぇよ。1ヶ月以上声聞いてねえぞ、オレを死なす気かよ』
「っ全然!逆!すごい嬉しい!」
『…お前、今すぐコッチ来い』
『残念ながらそれは却下だ』
『ッチ、ジョーダンだっつの』
「あ、赤司さんも居るんだ」
『オレが何仕出かすか分かんねえからってよ』
「っふ、見張られてるの?」
『…笑ってんじゃねえ』
大輝からの突然の電話は仕事の休憩中に図ったかのように掛かってきた。
こちらの午後3時は向こうでの午前2時、つまり深夜だ。
彼の隣には赤司さんも居るようで、彼の我儘と暴挙を防ぐ為の措置みたいだ。
思わず笑ってしまった私を低く掠れた声が叱る。
耳が心地よくて目を閉じれば、じわりと瞼の隙間から水分が溢れる。
それが零れる前に慌てて指で擦ったら自然と鼻を啜ってしまっていて、ハッと気付いた時にはもう遅い。
『…何かあったな』
「!」
『言えよ』
「っないない。ほ、ほら!久しぶりに声聞いたから、ちょっと」
『お前の行動くらい簡単に読めんだよ』
「っ」
『言え』
「大丈夫っ」
『は?』
「帰って来たらちゃんと話すから」
『やっぱ何かあんじゃねえか』
「が、頑張るって決めたからっ」
『…』
「頑張らせて」
『…』
「…大輝?」
『聞いてる』
「う、うん」
『…また暇見付けて電話するわ、赤司付きだけどよ』
「うん」
数分…数秒にも感じられた通話が終わる。
掠れた重低音が耳に残って鎖骨の辺りがくすぐったい。
早く、帰って来て…
頑張ってる彼にそんな事言えない。
私は私でしっかりしなきゃ。

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