Hold me more! | ナノ

16

「美味しい!なまえさんも食べてみて下さい!」
「ん、本当だ。これもなかなか。私のも食べてみる?」
「いいんですか!これもすごい気になってたんです!」
「はい、あーん」
「っ美味しい!え!美味しい!なまえさん交換しません!?」
「っふ、はは!いいよ、交換しよう」
「やった!ありがとうございます!今度絶対大我さんにこっち勧めて…あ、」
火神の彼女ちゃんは話の途中で手元のアイスを見つめて固まってしまった。
火神の彼女ちゃんと話していると事ある毎に『大我さん』という言葉が出て来て、勿論その時は彼を想像しているのかとても幸せそうな笑顔で、そのあまりにまっすぐな姿勢に羨ましいとさえ思ってしまう。
当の火神の彼女ちゃんは『また言ってしまった』って顔をして眉を垂れ下げる。
そんな所にも彼女が彼を思う気持ちが溢れている気がして心底可愛いなと思う。
「そうだね。火神の彼女ちゃんが選んだものならきっと火神さんも気に入るんじゃないかな?」
「…す、すみません。私さっきから」
「何が?ムービー撮って火神さんに見せてあげたいくらい可愛いから平気だよ」
「なまえさん!?」
「あはは!顔赤い」
「なまえさんってこんな感じでした!?はっ、まさか青峰さんのドSが移って来てるんじゃ!」
「っふふ、そんな事ないよ?と思ったけどやっぱり…どうなのかなあ」
「怖い!なまえさんはあの域に達しちゃダメですよ!?ってドSの最強クラスなんて想像もつかないですけど、あ!ごめんなさい!青峰さんを貶してるわけではっ」
「分かってるよ、っはは!ダメだ、火神の彼女ちゃん可愛いし面白過ぎっ」
「ええ!?」
「っく、面白、」
「なまえさん!?」
「こんな可愛い子、火神さんが手放すはずないよ、絶対。うん、絶対に」
「っなまえさん」
人目も気にせず大笑いしてしまった。
ちょっと失礼かなと思ったけど止められない。
目の前の彼女も顔を赤くして笑ってくれていてホッとする。
火神の彼女ちゃんに言った事は本心だ。
火神さんが今何を思って行動しているのかは私には分からないけれど、火神の彼女ちゃんを見ていたら絶対に大丈夫だと理論的な根拠もない自信が湧いた。


そんな予想が見事事実に変わったのは日が暮れてそろそろ帰ろうかという時間帯。
家に帰る前に私の方のお店で食事をしようと入り口のドアを開けようとした時、遠くから大きな声が響いた。
「っ、火神の彼女っ!!」
静かな夜道に彼の大声は一際よく響いた。
全力でこちらへ走って来るのは火神さんだ。
隣の火神の彼女ちゃんが小さく震える声で彼の名前を呼んでいた。
私の存在に気付かない様子の火神さんは酷く取り乱していて、走って来た物凄い勢いのまま火神の彼女ちゃんを正面からガッツリ抱き締めた。
うわ、ちょっと痛そう…というより当然支えきれない彼女の体はお店の壁に向かって傾く。
危ない!私が慌てて手を伸ばしたものの間に合うはずもなく…
ゴッ!!
痛々しい音が聞こえたのだけれどそれは壁側に居た彼女のものではなかった。
「った、大我さん!」
「わりぃ…勢い止めらんなかった」
「っだ、大丈夫、っ!?」
「お、血ぃ垂れてきた」
「!?」
「え、は、火神の彼女!?」
「えっ!?火神の彼女ちゃん!?」
火神さんのおデコから赤い線が一本ツーっと垂れて、それをすぐ目の前で見てしまった火神の彼女ちゃんはなんと貧血を起こしてしまった。
頭部からの出血は浅い傷でも酷いと聞く。
正にそれを火神さんが表していて、あんな鮮血を間近で見てしまえば耐性がない人は驚くだろう。
半分は火神さんの目一杯の抱擁のせいもあるかもしれないという事には触れないでおく。



「火神さん」
「…悪い、なまえにも迷惑掛けた」
「私は全然平気ですけど、火神の彼女ちゃんが可哀想過ぎると思う」
「…だよな、分かってる」
火神の彼女ちゃんを事務所に運んで寝かせてから火神さんを座るよう促せば、パイプイスからはみ出るくらい大きな人が背中を丸めて縮こまるというなんとも言えない状況になった。
壁にぶつけた彼のおデコの傷を止血、消毒して絆創膏を貼ると『悪い』と言って更に小さくなってしまった。
なんだか居たたまれない。
でも安心した。
あんな必死な火神さんを見れば火神の彼女ちゃん大好きが伝わって来て、私は心からホッとしていた。
思わず溜め息を吐いてしまっていて、火神さんは肩を竦め眉を下げて微笑んだ。
さっき焦ってここにやって来たのは、火神の彼女ちゃんと連絡が取れなかったからだった。
そういえば今日出掛ける前に私も彼女もスマホを充電したまま家に置いて来ていた事を思い出す。
火神の彼女ちゃんに繋がらず、もしかしたらと掛けてみた私にも繋がらず相当焦ったのだとか。
女二人だし逸れる様な事もないからと置いて来た事で火神さんにはかなりの心配を掛けてしまったらしい、申し訳ない。
スマホの着歴を見て引かないでくれと項垂れた火神さんの耳は真っ赤だった。
「あのよ…俺のかっこ悪い話、聞いてくれるか?」
「え?今のと、さっきのおデコぶつけた事以外に?」
「…お前結構言うな。それもそうだけど、ここんところの俺の馬鹿げた行動についてだよ」
「あ、やっぱり何か意図があったんだ」
「はぁ…当たり前だ。何の理由もなく大事なヤツほっといたりしねえよ」
そう言って火神さんは口元を押さえて照れていた。
この顔、火神の彼女ちゃんにも見せてあげたい。
そんな事を考えていた私は、続く火神さんの言葉にここ最近で一番の衝撃を受けた。

「結婚、したいと思って」
「…っえ、」
「俺、火神の彼女と本気で結婚したいと思ってよ」
「!」
「その…アイツ一人娘だし。やっぱ大事にされてんだろうなとか、どうやったら認めて貰えるかとかなんか色々考えてたら急にアイツに簡単に触れんのが怖くなっちまって」
火神さんの表情は言葉の通り本気で、だんだんと赤くなる顔はそれが軽い冗談ではない事を物語っている。
彼が火神の彼女ちゃんとの距離を置いていたのは、彼女の事や境遇や色々考えた事でその大切さを改めて知ってしまったから。
素直な彼女にピッタリな火神さんのまっすぐさに思わず笑みが零れた。
「あ、わ、笑うな」
「っふふ、これは可笑しくて笑ってるんじゃないから」
「は?それ以外に何があるんだよ」
「二人は幸せになれるって思ったからだよ」
「!」
「早く火神の彼女ちゃんが心から笑った顔、見たいな」
「!…そうだな」
言いながら彼女に目線を移した火神さんの表情は優しさや愛しさで溢れていて、なんだかこちらまで幸せな気分にさせてくれた。



結婚、か。
これから近しい友人たちに訪れる幸せを想像して頬が緩む。
それと共に嫌でも付いて来るのは自分自身の事だった。
結婚なんて私には…
でもこのままじゃ…
考えたって仕方ないのは分かっているけど、遠く海外で頑張っているであろう相手を思って小さく息を吐いた。

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