Hold me more! | ナノ

15

「なまえさん!こんばんは!」
「あ、火神の彼女ちゃん!いらっしゃい」
平日の閉店間際、珍しく火神の彼女ちゃんが一人で店にやって来た。
大輝が海外に行ってから2週間を過ぎて、彼がいない事にやっと慣れてきた…というかなんとか心と体が受け入れようとしている所、まだそんな段階なのだけれど。
情緒不安定でどうにかなりそうだと思っていた始めの頃に比べたらかなりまともになったとは思う。
寂しさだけはどうしても埋められないけれど仕方ない。
火神の彼女ちゃんはずっと前からこうやってよく遊びに来てくれていて、だいたいが火神さんとセットだけど今日は珍しく…というか実は初めてのお一人様だった。
そういえばここに来るのは1週間ぶりくらい?
いつも元気で明るい火神の彼女ちゃんは私を元気付けてくれる。
今日の彼女は心なしかちょっと元気がなくて、私を見つめるその瞳は助けを求めるような色をしていた。
思わず出た言葉は、今の彼女見たらどうしても放っておけない気持ちになった事から。
「終わったら家に来る?」
「っ、いいんですか!?」
「うん、勿論」
パッと顔色を明るくさせた彼女はとても素直で可愛らしい。
仕事が終わるまで事務所で待ってもらって私は閉店作業を急いだ。


「お邪魔します」
「どうぞ〜」
「あ、青峰さーん…お邪魔しまーす」
「あはは!居ないから大丈夫だよ」
「はは…すいません、つい」
彼に未だに少し苦手意識を働かせる火神の彼女ちゃんを笑いながら部屋に促す。
ソファにちょこんと腰掛けた彼女を見届けて、お店から持ち帰った料理の準備に取り掛かった。
「火神の彼女ちゃん何飲む?お酒にする?ジュース?」
「わー!すいません!ジュースで!」
「分かった!あ、いいからそこで待ってて」
「あ、ありがとうございます」
離れた場所で合った瞳は不安げに揺れていて、彼女の様子がやっぱりおかしい事を顕著に表していた。



「…っ、なまえさんっ」
「お!わっ」
『お疲れ様』とグラスを合わせて一口飲み下しホッと息を吐いたところで、隣からタックルの勢いで火神の彼女ちゃんが私に飛び付いてきた。
ぐっと堪えて火神の彼女ちゃんを受け止めると、腕の中の彼女は小さく震えていた。
滅多に見ない、いや初めて見る彼女の様子に心の中で相当戸惑うも表には出さず平静を装う。
どんな話なのか少しだけ想像がついた。
あんなに明るい彼女がこんな風になるのは多分…
「火神の彼女ちゃん?」
「っ、た、大我さんが、」
やっぱり…十中八九、火神さんの事だと思った。
震える彼女の背中をポンポンと叩いて落ち着かせる。
そうすれば少しずつ言葉を紡いでくれた。
「大我さんが…最近、ちょっと素っ気なくて」
「そう?いつもお店に来てくれる時は変わらないように見えるけど」
「ふ、二人の時です」
「んー…例えば?」
「あんまり、目を合わせてくれません。それに、」
「うん?」
「い、家に行っても…その、」
「ん?」
「え、え、エッチ、してくれません」
「!!」
いきなりそんな事を言われると思っていなかった私はひっくり返りそうになるのをなんとか耐えた。
爆弾発言を投下して私を動揺させた本人は未だに腕の中で縮こまっている。
「え、えっと…そんな事、ないんじゃないかな…たまたまというか、なんていうか、」
「たまたまじゃないです!」
「えっ」
「1週間です!もう1週間、ちゃんと抱き締めてもくれないんですよ!?」
「!」
「っ私、何かしちゃったのかなっ。それとも他に誰か、私以外にっ」
「そんな事ないよ!!」
ついに泣き出してしまった火神の彼女ちゃんを目一杯ぎゅっと抱き締める。
もし自分が彼女の立場だったら…考えただけで不安に押し潰されそうだ。
でも火神さんが火神の彼女ちゃんを大事にしている事は間違いない。
だからきっとそんな事はないと彼女の頭を撫でる。
『なまえさんも大変な時にすみません』と小さく謝る彼女に私は首を振った。
「今日は?火神さんは?」
「…ラストまでだから先に帰れって…待つのもダメだって、」
「帰りが遅くなるのを心配してくれてるんだよ」
「ずっとです…この1週間ずっと」
「え」
「私、飽きられちゃったのかなっ」
「!!」
彼女の言葉にドキリとした。
自分も幾度となく感じたことのある思いに胸がズキズキと痛み出す。
慰めてあげる言葉すら出てこない自分が嫌になった。


一切手をつけていない料理を目にしても食べる気にはなれなかった。
泣き疲れて寝てしまった火神の彼女ちゃんをなんとか持ち上げてベッドに寝かせて、一人ソファに背を預けて大きく息を吐く。
彼女は私を頼って来てくれたのに、私はまともに慰めてあげる事も出来なかった。
彼女を元気付ける様な言葉だって何一つ。
火神さんが理由もなくそんな態度を取る人だとは思っていないのに、そこに自分と大輝を当てはめた時自信の欠片もない自分がいたのだ。
今が幸せだとしてもいつか飽きられてしまうのではないかと思う情けない自分が。
酷いマイナス思考の自分に今までで一番嫌気が差した。




「なまえさん!すみませんでした!私っ」
ぐっすり寝ている火神の彼女ちゃんを起こせるはずもなく、今日が休みだと知っていた私は彼女が自分で起きてくるまでそっとしておいた。
11時頃になって、バタン!と思い切りドアを開けて飛び出してきた火神の彼女ちゃんは今全力で頭を下げている。
私は全然気にしてないんだけど。
このままじゃ彼女の頭に血が上ってしまいそうだ。
「おはよ。全然大丈夫だよ。ほら体起こして、顔洗っておいで」
「なまえさん〜っ」
彼女が悩んでいる時に不謹慎かもしれないけど、妹が出来たみたいで凄く嬉しい。
私が今火神の彼女ちゃんにしてあげられる事は何かないだろうか。
「ね、火神の彼女ちゃん」
「はい」
「今日は私とデートしようか」
「えっ」
「二人で遊びに行こう?」
「!い、いいんですか!?」
「勿論!美味しいもの食べていっぱい楽しい事しよう」
「はいっ!!」
皆を元気にしてくれる彼女の笑顔が曇らないように。
きっと火神さんにも何か理由があるんだ。
今は辛いかもしれないけれど彼女が少しでも笑ってくれたらいい。
元気良く返事をしてくれた彼女の手を引いて家を出た。

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