Hold me more! | ナノ

14

「み、ず」
「ん?」
「なまえ…水」
帰宅から1時間程経った頃、シャワーを浴び終えて寝室に入るとカサついた声に名前を呼ばれた。
布団から右手だけが見えて水をくれとぷらぷら揺らしている。
なんだか可愛くてバレない様に笑ってしまった。
ベッドに腰掛けてペットボトルを渡すと、起き上がれないのか仰向けのまま口に付けて飲めば当たり前だけど口の端から水が滴る。
「あー、ほら。いっぱい溢れてるよ」
「ん」
「拭かないと」
「ん、…あークソ。飲み過ぎた」
「そうだね、赤司さんに絡んで文句言えるくらいには酔ってたもんね」
「…記憶ねえな」
「ない方がそれはそれで幸せかも」
「怖え事言うな」
「嘘。赤司さんも笑ってたし楽しそうだったよ」
「…」
「?」
「…お前さ」
「な、にっ」
ぐっと手を掴まれて引き寄せられれば目の前には少し口を尖らせて不機嫌そうな顔。
「今日はよく喋んのな」
「え」
「…泣かねえの?」
「!」
「オレの為に」
気怠い目が私を捉えてその瞳に私を映した。
この人はなんでそういう事を言ってしまうのだろう。
そんなの、なんとか気を紛らしてるし我慢してるに決まってる。
こんな時に離れ離れになるなんて不安でしかないし、たった3ヶ月と言われるかもしれないけど私には長い長い3ヶ月だ。
下手くそに微笑んでみるけど彼が騙されるわけもなく…
「笑うの失敗してんぞ」
「っ酷い」
「ブス」
「…知ってます」
「マジひでえ面」
「ど、どうせ」
「あーあ…クソ可愛んだよ、っんと、お前さ」
「な、っん」
暴言を吐いてると思えば予想外の言葉が降ってきて、驚いた私の唇を大輝のカサカサした唇が覆った。
頭を押さえられ引き寄せられ、食べられたと錯覚するキスに妙な恥ずかしさを覚える。
下を向いているせいか自分の唾液がどんどん大輝に流れ込んでいるような気がして無性に羞恥を感じて、思わず両手を踏ん張って距離を取ろうと試みた。
けれど片手を怪我をしているはずなのに全くそう感じさせない力で押さえ込まれて、私の行動なんて意味を成さない。
「っん、う」
「逃げんな」
一度一瞬だけ離れた唇はまた磁石みたいに吸い付いて、ゴロンとひっくり返された私の体は簡単にベッドに沈んだ。
こうなってしまえば私はもう逃れる術はなくて、いや逃げる気なんてないのだけれど逃げ腰になるくらいに激しいキスに見舞われる。
大輝の熱い手が服の裾から入り込んで来て大袈裟に体を揺らせば、彼の唇の端がニヤリと弧を描いた気がした。
「3ヶ月分、しとかねえとな」
「!」
「セックス、3ヶ月分」
「き、聞いた事ない」
「オレもねえわ」
「もう、変な事ばっかり、」
「変じゃねえだろ」
「え?」
「お前となら何発ヤッたって萎えねえよ」
「っ、何、それ」
「体力が続く限りはエンドレスって事だな」
「やだ、なんか、もうっ」
「んだよ」
「大輝も今日、喋り過ぎ」
「…そうかもな」
そう言って大輝は私の頬に1つキスを落とす。
優しい感触にそっと目を細めれば今度は唇に触れた。
「…誰にも触らせんな」
「っ」
「お前の全部」
「うん」
「オレのだって印、3ヶ月消えねえ様に」
「っあ、」
「全部ちゃんと受け止めろ」
「ん!」
ガブリと音がしそうな程に首筋に噛み付かれ痛みが走る。
ちょっと狂気染みた行動にも愛しさが勝ってやがて甘い痛みに変わる。
愛しい。



「ただいま」
ガシャン、施錠の音が響いた後訪れるのは沈黙。
朝イチで空港に見送りに行ってウジウジしてる暇もなくお店に向かって、怒濤の1日を終えて帰宅すれば待っていたのは独りぼっちの部屋だった。
覚悟はしていたもののなかなか堪える。
自分の依存癖は相当なものなのではないかと呆れる程。
初日でこれじゃ先が思いやられる。
溜め息が漏れそうになったところで着信を知らせる長いバイブ音が響いた。
慌てて手に取って画面を確認してだいぶガッカリしたのは仕方ない事だ。
「…もしもし」
『なまえ?今どこに居るの?』
「家だよ」
『また独り暮らし始めたの?こっちに帰って来ればいいのに』
「独りじゃないよ…今は、独りだけど」
『何わけの分からない事言ってるの。まだ一緒に暮らしてるって事?』
「…」
母だった。
少しご立腹のようだ。
けれどどんなに言われようと私はここを離れる気はない。
「お母さん…あの人に完全に騙されてるだけだから、いい加減気付いてよ」
『そんな事ないでしょう』
「騙されてるの。娘の話を信じてくれないの?」
『そんなに言うなら青峰さんに早く会わせてちょうだい』
「っ、か、彼は今、」
『何?』
「出張中で、」
『出張?』
「海外。3ヶ月帰って来れないから」
『このタイミングで?』
「っ仕方ないじゃん!仕事なんだから!」
『仕事ねえ…そんな事言って、逃げられちゃったんじゃないの?』
「!!」
返事もせず通話を終え、震える手は電源すらも落としていた。
いくら母でも、たとえ冗談だとしても許せなかった。
許せなかったけれどそれと同時に感じたのは恐怖だった。
彼を信じているのに、自分に自信がない。
私は彼と並んで歩いていい人間なのか…助けて貰ってから、さつきさんと自分を比較してから、ずっとずっと心の奥のこのモヤモヤは付いて回る。
「3ヶ月かぁ……はぁ」
ベッドに転がって布団を抱き締めたら彼の匂いが舞った。
まるで一緒に寝てるみたいだなんて気持ち悪い事を考えながら意識が遠退いていった。

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