Hold me more! | ナノ

10

夜のカフェ。
窓際の席に座り、流れる車をただぼんやりと見ていたら時間の感覚がなくなっていた。
ふ、と近くに人の気配を感じて顔を上げる。
「お客様、ラストオーダーのお時間となりますがご注文はございますか?」
「っえ!あ、すみません!もう大丈夫です!」
「かしこまりました」
慌てて時計を見れば時刻は22時半。
店内の客は私を含めてほんの数人になっていた。
早く帰ろう。
そう思い最後の一口を飲み干して立ち上がり店の出口に向かった私の足は、そこに居た人物を目にした瞬間ピタリと止まった。
無意識にぐっと手を握り締めていた事に爪が食い込んだ痛みで気付く。
いや、そんな事はどうでもいい。
それよりも、
なんでこんな所で…
「お客様、申し訳ありません。ラストオーダーのお時間が過ぎてしまいまして、」
「いや、大丈夫です。迎えに来ただけなんで」
「そうでしたか。大変失礼いたしました」
早く、帰らなきゃ。
早くあの出口を抜けて、
「…なまえ」
「!」
「遅いし送るから」
当たり前の様に近付き話し掛けられた事に驚き目を見開く。
にこりと笑うその顔に最早嫌悪しかわかない。
迎え?送る?
何言ってるの。
ふざけないで。
そんな思いをぶつける様に、私の腕を掴むその人をぐっと睨んでも威嚇にすらならなかった。
帰りたい、帰りたい、帰りたい。
私が会いたかったのはこの人じゃない。


「もう大丈夫だから、ホントに」
「家まで送るって」
「いい」
「送る」
「だからいいって!」
「うわ、大分怒ってるな」
「っ、当たり前!」
「別れた事?実家に行った事?」
「別れたのはどうでもいい!実家の事と今の状況!」
「どうでもいいとか酷いな。俺、あいつと別れてなまえに戻ってきたのに」
「…は、」
「やっぱなんだかんだでずっと長く居たお前の方が俺には合ってるって気付いたんだよな」
「何、勝手な事、」
「勝手?まあそうかもね」
「!」
「でもなまえもそのうち気付くだろ。酔った勢いでくっついたヤツとなんかそうは長く続かないって」
「っ」
「嫌になる前に俺の所戻ってくれば?」
「なっ!嫌になんかなるわけ」
「ああ、それじゃちょっと違うか」
「何っ」
「向こうにさ…飽きられる前にって事」
「!!」
突き進むように歩いていた私の足が止まる。
引っ張られていた腕がだらりと落ちて、気付けば相手の手が私の手を握っていた。
「…」
「決心ついた?」
「なんの」
「よく考えた方がいいと思うけど」
「何を」
「親にとっても俺の方が安心だし、向こうにとっても…あんま重苦しいのはきっと嫌だろ」
「!」
「結婚とか」



「おい!!」
「!」
あの人の腕を無理矢理ほどいて人混みを掻き分け走った。
何も考えずただひたすら走っていたのにいつの間にか当たり前の様に彼の家の前に辿り着いていて、どれくらいそうしていたのか私はただ立ち尽くしてボーッとしていたらしい。
背後からの大声に大きく体を揺らした。
「何やってんだ!こんな所で!」
「…大輝」
「こんな時間までどこ行ってたんだよ!」
「え」
「帰っても居ねえしスマホ置きっぱじゃねえか!」
「あ、」
「ったく!どんだけ探したと、っ、だぁークソッ!」
「…」
振り返った私の目に映ったのは額に幾つもの汗を光らせた大輝で、同時に浴びせられた罵声が自分の予想すらしなかった言葉だった事に私は固まってしまった。
気まずそうに目を反らした大輝はそれ以上言葉を発する事なく私の手を掴む。
その手の感触に心底安心して緩んだ私の顔を見た彼は大きく舌打ちした。
「笑ってんなよ、ブス」
「しょうがないよ、ブスだもん」
「っ、真に受けんじゃねえ」
「何でもいい」
「はあ?」
「何だっていい。大輝が居てくれたらそれで」
「っな、」
今日の事を全部忘れたくてモヤモヤを消し去りたくて、もっと彼を感じたくて…横からしがみつく様にして抱き付けば自然と止まる足。
ぎゅっと力を込めれば『なんなの、お前』と頭上で小さく声が聞こえてそれからすぐ、手加減なしにぎゅうぎゅうと抱き締められて感じた大輝の匂いに私はまた安堵した。
この人と離れたくない。

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