Hold me more! | ナノ

9

「…っ、重い」
目が覚めた私の第一声はこれだった。
私の首元には大輝の顔があって、私の体に腕や足を巻き付けたままぐっすり眠っている。
巨体の重みに私の体は悲鳴をあげていた。
怪我をしている左腕が心配だけれど当の本人は特に気にする事なく体を寄せてくる。
私は彼の左腕にぶつからないように、なるべく振動を与えないように体勢を変えようと身動ぎした。
だけどぐっすり寝ているはずなのに、私が少しでも体を動かせば蛇みたいに締め上げて来るのだから困り者だ。
なんて言いながら実際は嬉しさに頬が上がってしまう私。
大輝は何も言わないけれどこうやって態度に出るから可愛いという事を知ってしまったから。
「大輝?」
もそりと動いた。
半分起きているんだと思う。
つんつんと頬を突くと不満気な声が上がった。
「…んだよ」
「起きない?」
「はあ?まだいいだろ」
「いいよ、寝てて。私は」
「却下。お前もここ」
「え、っわ!」
絡まる腕を解いて起き上がろうとすればすぐに引き戻されて、仰向けに寝転がった私の目の前には大輝の顔があった。
何か言いたそう。
なんだろうと首を傾げるとそのまま顔が近付く。
唇が触れる寸前、寝起きの掠れた声が私の顔を熱くさせた。
「セックス。飯の前に」





遅い昼ご飯を食べた後、彼は遅番で仕事に行ってしまった。
大輝の居ない部屋で一人暇をもて余す。
何かしようと掃除を始めて暫くするとテーブルに置きっぱなしのスマホが着信を知らせた。
「もしもし?お母さん?」
『なまえ、話があるんだけど今いい?』
珍しく真面目なトーンの母に何だか妙な胸騒ぎがした。
そんな私の予感は的中。
それも突拍子もない話で愕然とした。


「お母さん!」
「なまえ、早かったじゃない。運べる荷物はちゃんと持って来たの?多すぎるなら後は配送でもいいけど」
「持って来ないよ!」
「…持って来なさいって言ったよね?」
「私はお母さんと話しに来たの」
「話なら電話でした通りでしょ?早く彼の家から荷物全部持って来なさい。仕事中みたいだし後でお別れの電話でも入れて、それで綺麗に」
「お母さん!!」


昨日、元カレが実家を訪れていた。

僕はなまえと付き合っていた。
3年を一緒に過ごし結婚を考えていた。
少し拗れていた所に青峰という男がつけ入って来てなまえを出し抜いた。
なまえを手元に置き、家でも職場でも拘束して手放そうとしない。

そう言って上手い事母を唆したあの人はお洒落な菓子折りを置いて微笑み帰って行ったのだという。
外見で『好青年』、少し話してみて『真面目』だと判断した母はあの人の話を鵜呑みにして私に電話を掛けてきたのだ。
用件は『実家に帰る事』そして、大輝と別れる事だった。


「どうしてあんな話信じるの!」
「誠実そうないい人だったよ。なまえと出掛けた時の写真とか色々見せてくれたし、なまえも凄く楽しそうな顔してたじゃない」
「っそれは昔の事で!」
「昔って言っても去年でしょ?じゃあその青峰さんって人との写真あるの?どこか出掛けたり、なまえが幸せだって証拠ある?」
「写真…は、ないけど、」
「聞けば前のアパートは解約しててその人の家に連れ込まれたって話じゃない」
「それは違う!だいたい別れたのはあの人のせいで!嫌な思いさせられたのも私!」
「凄くなまえの事考えてくれてたよ?しっかりしてそうだし彼なら安心してなまえの事」
「考えてなんかないから!意味分からないし!大輝の方がずっとっ」
「会った事もないしね…青峰さんが結婚考えてくれてるなら話は別だけど。ここに連れて来れる?」
「け、結婚」
「いい年なんだから当然でしょ」
「そんなの、」
「結婚しないで遊ぶ気でなまえと付き合ってるのかもしれないし」
「!大輝はそんな人じゃないから!」
「なら青峰さん連れて来なさい?親としては早くちゃんと落ち着いて欲しいし、昨日の彼は結婚も考えてくれてるって言うんだから」


私も早くなまえのウエディングドレス姿見たいし。
あんなに真面目そうな人のどこが駄目なの?
普通来づらいでしょうに、ああやって一人でだって実家に顔見せてくれる人なら安心でしょ。


捲し立てるような母の言葉をぼんやりと聞いていた私は母の制止を無視してふらふらと実家を出た。
「ちょっと一人にして」
そう一言呟いて。


実家から駅までの道をとぼとぼ歩いてふと気付く。
今自分が持っているのは財布一つで、連絡手段であるスマホは置いてきてしまっていた。
でも大輝は遅番だし私が帰る頃もまだ仕事中のはず、連絡する事もないだろう。
とはいえ今は大輝に会える状態ではないのが現状だ。
左手首に指を滑らせ革紐に触れる。
考えるのは大輝の事だけ。
身勝手なあんな男の言動も行動もどうでも良かった。
『結婚』という言葉を最近よく耳にするなと思う。
でも私には重過ぎる。
大輝と一緒になれたら幸せだと思う。
けれどその気のない彼を、ましてまだ付き合って1年も経たない人を結婚相手として実家に連れていくなんて…母の言葉を思い出して溜め息が漏れる。
すっかり騙されてしまった母の目を覚まさせるのはなかなかに困難だ。
心配ばかり掛けてしまうけど、暫く雲隠れするしかないと項垂れた。

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