「若松さん飲み過ぎですよもう」
「お前に言われたくないってんだよコラァッ」
「酔っ払いめ」
「お前もだコルァッ」
「ほらほら、足元フラついてますよ」
「お前なんか顔真っ赤だからな」
「そうでもないですよ。ていうか若松さんどうやって帰るんですか?」
「は?どうやってって電車でピューッと駅3つくらい、て、…今何時だ?」
「…そっち方面の終電終わってますね」
「うおぁ!?マジかよ!!」
「…若松さん、深夜にそのデカイ声は止めて下さい」
「あ、わ、悪い」
今吉さんのお店を出た私たちはとりあえず歩き出した。
閉店作業で忙しいからと問答無用で今吉さんに放り出されたからだ。
迷惑なのは分かってるけど少しくらい休ませてくれてもいいのに。
グラスで水を2つ寄越して飲み終わったら地面に置いといてって、水は有り難いけど酔いが冷める前に凍死するかと思った。
あの人結構酷い。
さて、問題は帰り道。
私はこのまま歩き続ければ家に着けるけど若松さんは電車でないと難しい。
いくらかかるか考えるだけで恐ろしいタクシーを選択肢に出そうとすると、突然若松さんがこっちを向いて両肩をガシッと掴んできた。
地味に重いし痛い。
「苗字!」
「だから声大きいです、なんですか?」
「便所でも押入れでも何処でもいいから一晩泊めてくれ!」
「ええ!?」
「なんなら玄関でもいい!」
「若松さんホント酔ってますね…私の家に泊めろだなんて」
本気で酔っているらしい。
女という生き物が苦手なこの人がこんな事を言うなんて。
私には普通に接する事が出来る様になったとはいえ根本は変わらない。
会社では他の女の子に話し掛けられればすぐ固まってしまうし…ん、待てよ?
…あ、私は『女』と見なされてないって事か。
自分から『男だと思って下さい』と言った手前文句は言えないけれども、何とも言えない微妙な気分だ。
「駄目なら玄関の外でもいい!」
「何言ってるんですか」
「アイツも泊めたじゃねえかよ」
「アイツ?…ああ、あの失礼男」
「なんでアイツが良くて俺が」
「あーあー分かりましたよ!ほら、行きますよ!私も酔ってるのになんで私が引っ張ってかなきゃならないの!」
「よっしゃ、今日の寝床確保」
「何言ってるんですかホントに」
最早千鳥足になってしまった若松さんの巨体を抱えて家路を急ぐ。
今日も全部ご馳走になっちゃったけど、また後で何か奢って貰おうと心に決めた。
うなぎもそこそこするけどもっと高級なもの希望だ。
寝られては困るので支えながらも軽く会話を交わしながら暫く歩いていた。
それでも若松さんはだんだんと睡魔に襲われて来たのか私に掛かる重みが増してきている。
完全に落ちたらきっと私潰される。
だいだいこんな巨体をもう随分と1人で支えてる私って凄いと思う。
ランニングも無意味ではないって事かも。
とはいえ支えるにも限界が近い。
家まではあと少し。
ガクリと項垂れた若松さんにマズイと焦ってスピードを速めようと足を踏み出した所で、暗闇の中正面に人影が見えた。
少し身構えていれば街灯に照らされてその姿が浮き出る。
…出た。
あの失礼男だ。
「…あ?お前」
「…ドウモ」
「おう…ってそれ、若松じゃねえか」
「そうだよ、若松さんだよ」
「…あー、お前か。職場の後輩…」
今吉さんにも同じ事を言われた気がする。
後で追求しますからね若松さん。
「何してんだよ」
「見れば分かるでしょ、運んでんの」
「死んだのか?」
「そうとも言うかもね」
「ん、…ん?」
「あ、起きた」
「ん?あ!?あおッもが!!」
「え」
むくりと顔を上げて失礼男を見た若松さんが何かを口に出そうとすると、突然口を押えこまれ私の体から離れた。
口を覆ったのは目の前の男。
更にそのまま若松さんを抱え込んだ。
呆気に取られているとソイツの目が私を捉えた。
「コイツはオレが処分する」
「処分!?」
「バァカ、なんとかするって意味だ」
「え」
「…お前、コイツ家に泊める気だったのかよ」
「まあ…トイレでも押入れでも玄関でも玄関の外でもいいって言うから」
「ッバァカかお前。酔った野郎を簡単に泊めんじゃねえよ」
「…あんたも泊まったんですけど」
「だからオレは頼んでねえっつったろ」
「腹立つ」
「知るか」
「腹ッ立つ!」
「いーから分かったかよ。誰でもホイホイ家に入れんじゃねえよ、名前」
「……は?」
今、この人私の名前、呼んだ?
なんで。
私教えてないし…まさか。
「文句は今吉サンに言えよ?向こうが勝手に言って来たんだからな」
「なッ」
「家すぐソコだろ?早く帰れ」
「ちょっと!」
「なんだよ、コイツ重てえんだからオレもう行くからな」
「ちょ、待てダイスケ!!」
「…は?」
私が発した予想でしかない名前に固まる男。
目をしばたたかせて私を見た。
「っぶ、っふ、だははッ!」
「は!?どこに笑いの要素があったの!?」
「だ、だ、ダイスケかよッ、ぶはは!」
「しょうがないでしょ!知らないんだから!今吉さんも若松さんも教えてくれないし!」
「ひ、ははッ、ぶくくッし、死ぬッ!」
「いつまで笑ってんのアンタッ!」
このままじゃ本当に笑い死ぬんじゃないかという程腹を抱えて笑い続けるやっぱり失礼な男。
目尻に涙を浮かべてヒーヒー言っている。
本当、失礼極まりない。
やっとその笑いが落ち着いて来た頃には若松さんは完全に寝入っていた。
若松さんの寝息だけが聞こえる空間に、それを打ち消す様な低い声が響いた。
「…大輝だよ」
「…」
「大輝。オレの名前」
「だ、……ふぅん、あっそ」
「じゃあな、名前」
「!気安く呼ぶな!」
私の罵声をスルーして男は背を向け歩き出す。
若松さんの肩を掴み寄せて軽々と歩いて行くその後ろ姿を睨み付けた。
ていうかあの人、こんな夜中に1人で何してたんだろ。
益々謎だ。
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