TORAMARU | ナノ



慌ただしい朝の準備を終えて部屋を出る。
会議の為にいつもより少し早く出た私は、人目も憚らず歩きながら大欠伸を1つ。
まあどうせ誰もが忙しなく移動しているこの時間帯で周りを気にする事もないのだけれど。
なんて思っていたら、一般的な朝の光景を覆す異物を視界に捉えた。
「…アイツ」
思わず口から出た恨みたっぷりの言葉は仕方ない。
数メートル前をポケットに両手を突っ込んでだらしなく歩いているのは、私の好意を失礼極まりない態度で流して帰って行った何時ぞやの男だった。
あの身長、青頭…間違いない。
とはいえ発見した所で特に何かするでもない、ただイラッとしただけだ。
嫌味の一言でも落としてやろうかと思ったけれど、今日は生憎あんな男に掛ける時間はない。
そもそもアイツが私の事を覚えているかも怪しい所だし。
そんな事を考えながら速足で歩いていればいつの間にか男を抜かしていた。
「おい」
「…」
突然後ろから掛かった声に少し驚きはしたものの、自分ではないと見込んでそのままスルー。
けれどその予測は外れてもう一度声が掛かった。
「おい。お前だ、お前」
「…」
「別にそれでいいってんならいいけどよ」
「…?」
「パンスト、伝線してんぞ?」
「!?」
まさか!
慌てて後ろを向き自分の足を確認すると、男の言う通り膝の裏から上に向かって見事に伝線していた。
立ち止まっている間に男が私の隣に並ぶ。
そうして更に一言。
「パンスト伝線してる割に大して色気ねえな」
「…は!?」
「寝顔もアレだったし…お前もうちょい女らしくした方がいーんじゃねえの?」
「寝、顔……はぁ!?」
「相変わらずうるせえな」
「ちょっとアンタ!何なの!?」
「オレはシンセツにも教えてやっただけだぜ?」
「〜〜〜ッ!は、は、腹立つっ!!」
「早くその見苦しい脚隠せよ」
「……ご忠告どうも!」
この男、やっぱ最悪!
私の顔を覚えていたのは意外だったけど、それ以外はあの時の失礼な態度まんま!否それ以上に酷い!
もうこんなヤツは放っておいてさっさと仕事に向かおうとカツカツと怒りに任せて足を進めれば、何故か男は私に並んで歩いている。
チラリと隣を盗み見れば、大分高い位置にあった気怠い目が私を捉えていた。
「履き替えねえの?」
「駅に着いたら替えるし!」
「つうか替え持ってんのかよ。ソコにコンビニあるぜ?」
「余計なお世話!常に予備持ち歩いてますから!」
「…可愛くねえ女」
「可愛く無くて結構!私ドジ子じゃないんで!」
いちいち癇に障る男の発言にイライラゲージが上がる。
朝からこんな目に遭うなんて今日は会議があるっていうのに先行き不安過ぎる。
どんどん機嫌が悪くなる私を他所に、男はいつまでも私と同じ方向に向かっていた。
結局駅に着くまで隣を歩いていた男は改札に向かう私を声で呼び止める。
振り向く気は無かったけれど、聞き覚えのある名前に反応して思わず顔だけ振り返ってしまった。
「今吉サンがまた来いとか言ってたぜ?」
「…今吉さん?」
「あの腹黒眼鏡だよ」
「知ってます…ん?腹黒?」
「じゃあな、伝線女」
「なッ!アンタね!!」
不名誉なあだ名で呼ばれ憤慨する私など気にする事無く、男は背を向けさっさと帰って行く。
本当に失礼なヤツだ!
無防備な寝顔が可愛いとか思ったあの時の自分は完全に騙されていたのだ、この最低男め!
イライラしながらトイレでパンストを履き替えつつ私はさっきの会話を思い出した。
今吉って間違いなくあのうなぎ料理の店主の事だ。
眼鏡って言ってたし、腹黒とも言ってたけど今吉さんには悪いけどそれはなんだかちょっと頷ける。
今吉さんはアイツの事よく知ってるって言ってたっけ。
頻繁にあの店を訪れているのだろうか。
あの日はあそこで酔っ払って気付いたら私の家の前に居たとか?
だいたい今日はこんな朝早くに何してたんだろ?
…いやいや、なんで私アイツに対してこんな色々考えてんの。
時間の無駄無駄。
朝っぱらから色々あって疲れた。
もう忘れよう。
脳内を会議モードに切り替え、気を引き締めて電車に乗り込んだ。


「はあぁぁ…つっかれた」
「苗字、お疲れ。すげえ溜息だな」
「若松さん…お疲れ様です」
「ほら、飲むか?」
「え、あ!ありがとうございます!」
長い会議を終えて若松さんと休憩室にやって来た。
何もする気が起きずただ椅子に座っていれば熱々の缶コーヒーが差し出され有り難く受け取る。
向かいに座った若松さんがプルタブを開けながら問い掛けて来た。
「珍しいな。お前がそんな疲れてんの」
「そうですかね?まあ…今日はちょっと朝から色々あって」
「なんだよ…ま、まさか出たのか!?変質者!」
「違いますよ、すぐそれに結びつけないで下さい」
「そ、そうか」
「心の中で人を1人殺めそうになっただけです」
「は!?おいおい、物騒だな」
今朝の事を思い出して不快感に顔を歪める。
単純な若松さんは真面目な顔して『犯罪者の後輩は持ちたくねえぞ!』なんて言うものだから冗談が通じなくて困る。
「疲れた時はなんか美味いもん食ってとにかく寝るのが一番だ!」
「それ若松さんの持論でしょ」
「おう!そうすりゃ元通りだ!」
「…単純って幸せですね」
「なんだよ。じゃあ騙されたと思ってやってみろ」
「っはは!じゃあ騙されてみようかな」
「何!?俺の持論になんか文句でもっ、って、今……なんだよお前、やっぱ相当疲れてんな」
「はい」
真顔で肯定すれば案の定深刻な顔をされた。
ド単純。
「よし!ここは優しい先輩であるこの俺が飯を奢ってやろう!」
「わーいわーい」
「…なんだよその大して嬉しくなさそうな喜び方は」
「牛丼ですか?ラーメンですか?ワンコインですか?」
「…お前な」
私も大概若松さんに失礼だな、と思いつつ若松さんの優しさはちゃんと分かっている。
以前も仕事で失敗して落ち込んだ時はこんな風に元気付けられたものだ。
先輩に恵まれた事に、多少感謝だ。
単純で律儀でクソ真面目な若松さんは有言実行。
早速帰りにご飯に連れて行って貰える事になった。
今夜は夕飯作らなくて済むだなんて少し浮かれた私も実は単純だ。

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