TORAMARU | ナノ

24

「…きったない部屋」
不法侵入ではない。
だって私、この家の主から鍵預かってるし。
言い訳をしながら足を踏み入れたアイツの部屋はドン引きする程散らかっていた。
やっと決心して会いに来たものの家主は不在。
まあ実際居ない事にちょっとホッとしたのだけど。
っていうのが半分、遠くに異動じゃなかったんだとホッとしたのが半分。
私は生活感のあるこの室内に安堵していた。
汚いのなんのと文句を言いながら掃除を始める私は家政婦か何かだろうか。
こんな事をする為に来たわけじゃないんだけど、せっかく来たんだからアイツが帰るまで待ってやる。
そう意気込んで腕捲りで大掃除だ。


「ちょっと!帰って来ないってどういう事!?」
23時を回っても家主は帰って来ない。
掃除して勝手にキッチンを借りてご飯作って、素晴らしい家政婦っぷりを発揮した私はラグに寝転んで一人駄々を捏ねた。
約束なんてしてないし連絡すらしていないのだから当たり前なんだけど、所謂張り込みとかいうやつでもしかしたら今日は帰らないのだろうか。
考えた所で分かるはずもない。
『今どこ?』
たった一言、初めてメールした。
そのまま30分くらい待ったけど結局何も変わらなくて、私はやっと立ち上がって家に帰る事を決めた。
もっと早く帰れば良かったと後悔しても時既に遅し。
深夜に近いこの時間に出歩く人はいないだろう。
大通りに出たらタクシーを止めようと決めて足を速めた。
そんな私の考えは甘かったらしい。
タクシーが1台も通らない!
お店や街灯で明るいからまだいいとして、こんな所でずっとじっとしている事なんて出来ない。
歩道で呆然と立ち尽くしていると後ろからチリンチリンと自転車のベルの音が響いた。
はいはい今避けますよーだ、なんて思いながらノロノロと歩道の端に身を寄せる。
けれど一向に通り過ぎない自転車を不思議に思い振り向こうとした時、カシャンと自転車のスタンドを立てる音が聞こえた。
そして首を傾げ振り向いたそこに立っていた人物を見た私は驚愕した。
「…え、…ちょっと…何、それ」
「職務質問。女一人でこんな時間に何やってんだ」
「ちょっと」
「答えろ」
「なんでそんな格好」
「答えになってねえよ」
「だって」
青峰大輝だった。
警察官の制服に身を包み鋭い目を私に向けてくる。
私服じゃなくて、よく目にする青と紺のあの制服。
これは…
「お、お巡りさんじゃん」
「あ?」
「…張り込みは、ないの?」
「あるような服に見えるかよ」
「見えない。どこのお巡りさん?」
「すぐそこ。交番だ」
「あ、あんたが、交番のお巡りさん」
事件の犯人を追う私服警官が、地元の交番のお巡りさんになっていた。
異動ってこれ!?
ポカンとしていると大輝は無線を取り出して話し始めた。
「青峰。◯◯歩道橋前。体調の悪い住民1名確保。自宅まで送る」
『了解』
「え?」
「…っつうわけだ、行くぞ」
「…」
相変わらず横暴だ。
こっちはまだちゃんと頭整理出来てないってのに。
自転車を転がし歩き始めた大輝をじっと見つめる。
腹立たしいくらい似合っている制服。
また騒ぎ出した心臓を掴んで気付かれない様息を吐き、大きな背中を追い掛けた。
「…何してたんだ」
「家に帰る所だったの」
「だから、今まで何してたんだって聞いてんだよ」
「何って…んー……家政婦」
「は?」
「掃除して夕飯作ってた」
「…は?誰のだよ」
アンタのだよ、って言葉は飲み込んだ。
低くて不機嫌そのものになった大輝の声。
勘違いしてるみたいだから言ってやった。
「好きな人の」
「は!?」
「え、…なっ」
ガシャン!
自転車が倒れてそれを目で追っているうちに手を掴まれた。
結構な強さだ。
「ふざけんな」
「いや、何怒ってんの」
「…来い」
「え、お巡りさん私の家そっちじゃないです」
「いいから来い」
「ちょっと、職権乱用!」
「うるせえ」
ただでさえ強面の顔を更に歪めて歩き出す。
自転車は放置の様だ。
お巡りさん、そんなんでいいのか。
引き摺られるようにして歩き辿り着いたのは、案の定さっきまで私がいた場所だった。
扉の前で乱暴に手を離される。
「お巡りさん、訴えますよ」
「うるせえよ。早く入れ」
「何故」
「どこの誰かも分かんねえヤツの家政婦なんかやってんじゃねえよ。そりゃここでやる事だ」
「何ですかそれは」
「マジふざけんな」
「もう、ホント…自分勝手…、それに全然分かってないんだから」
「あ?」
イライラを隠そうともしない。
私が言ってる事の意味、きっと全然分かってない。
『好きな人』なんて、そんな簡単に変わるわけないのに。
鍵を差しドアを開ける。
その瞬間、作った夕飯の匂いがふわっと香った。
「………は」
大輝は目を見開いて私を見てからその奥、廊下の先に続くリビングを見て更に驚いた顔をした。
「…おい。掃除と、晩飯って、」
「だから言ったじゃん」
「…」
「え、ちょっと、何?」
玄関に押し入り無言で私の手を掴んで距離を詰める。
その顔があまりにも真剣で熱っぽくて、その熱がじわじわと自分に伝染してくるようだ。
ねえ、何が言いたいの?
なんで何も言ってくれないの?
その言葉は声にはならず、全部全部大輝に飲み込まれた。

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