TORAMARU | ナノ

21

仕事の帰り道。
私はどこか聞き覚えのある声に呼び止められて立ち止まった。
「あれ!君、」
「?」
「やっぱり!青峰の彼女さん」
「え」
「あ、覚えてないかな。この間今吉で」
「…あ、ああ!」
「デートの邪魔して悪い事したなって思ってたんだよね。約束してたんでしょ?」
「いや、あれは!あー、ええと。すみません、あんな自分勝手なヤツで。いつもお世話になってます」
「いいのいいの!もう慣れたしな」
背が高くガタイのいいその人は大輝の上司、つまり警察官だ。
この間今吉さんのお店に団体でやって来た中の一人。
挨拶すらしなかった私の事を覚えていたらしい。
警察官の記憶力怖い。
あの日会う約束なんてしてないしそもそも彼女でも何でもないけれど、失礼を働いてはいけないと言葉を選ぶ。
明るく笑い飛ばしてくれるこの人はあんなヤツの事もきっと可愛がってくれているんだろう、上司の鑑だ。
その足元からちょこんと顔を出したのは小さな女の子。
私を見上げて『おねえちゃん、こんにちは』と挨拶してくれた。
可愛らしい。
「こんにちは。偉いね、ご挨拶が出来て」
「へへ!ねえパパ、だれ?」
「ん?パパと同じお仕事をしてるイケメンくんの彼女だよ」
「えー!イケメン?いいないいな!」
「おー、イケメンだぞ〜?」
「かっこいい?つよい?」
「そうだなあ〜。アイツみたいなヤツならお前を嫁にくれてやってもいいかもなあ」
「およめさん〜?」
この人の娘さんらしい。
優しげに微笑んで女の子の頭を撫でる彼の顔は父親のそれだった。
それにしても随分と青峰大輝の事を買っている。
いくらなんでも愛娘を嫁がせてもいいだなんて。
そんなに優秀な警察官なのだろうか。
色々聞きたい事はあったけどぐっと飲み込んで頭を下げた。
「すみません。じゃあ、失礼します」
「ああ、呼び止めてごめんね」
「いえ」
「あ!そうそう、1つだけ!昨日異動辞令出たね」
「…え?」
「内示は大分前に出てたんだけど口外出来ないし、まさかアイツが異動になるとは思ってなかったんだけどな」
「…」
「お手柄だったしもう暫くは同じ刑事課かと思ってたけど、まああんなヤツでも居なくなると思うと寂しいわ」
「異動…って、あの」
「パパ、はやくかえろう?」
「ああ、ごめんごめん。じゃあ、青峰によろしく!」
「あ…はい…、さようなら」
私は暫く立ち尽くしていた。
彼女と言われてそれは微妙に違いますと言えなかった事も理由の1つだけどそれよりも…。
異動…確かにカレンダーにも印が付いてたしその日付は昨日だったかもしれないと思い返す。
私に教える気はないって事。
つまり、どうでもいいって事。
あのキスが大輝にとっては本当にただの『報酬』だったのだと痛む心で理解する。
あれから1週間、また会わなくなった私たちはもしかしたらもうこのまま会う事はないのかもしれない。
会わない、か。
突然現れて突然消える様な、そんな身勝手な男なんて忘れてしまえばいい。
「…いいじゃん。もう、それで」
呟いた言葉は力なく、そんなのは本心ではないと訴える心が痛い。
そう、全然良くなんかない。
だって余計に会いたくなってしまったのだから。


『名前ちゃん、最近どないしたん?たまには店おいでや』
「すみません、年度末で忙しくて」
『こないだ青峰が来てな、なんや話ある様な事言うてたで?』
「…そうですか」
『ん?元気ないなあ?恋煩いとちゃう?』
「…そうかもしれませんね」
『…ほんまにどないしたん!』
「今吉さんが言って来たんじゃないですか」
『え、え?ワシ耳悪なったんか』
「正常だと思いますよ」
『待って名前ちゃんなんで冷静なん!もっと冗談乗ってこうや!』
「今吉さんが慌ててる。レアですね」
『いやいやいやいや、あ!ちょ、青峰!ええとこに来た!今名前ちゃんが』
「!」
今吉さんからの電話の途中、今吉さんがアイツがお店に入って来た事を口にした瞬間通話を終了した。
素晴らしい条件反射だ。
私はアイツと何か話す気なんて更々ない。
用があるなら、話があるなら自分で連絡してくればいいのにそれをしないのだから、アイツにとって私なんてその程度なのだ。
こんなのはただの意地っ張りだって分かってる。
それでも私はつまらない意地を張り続ける。
そうでもしないとアイツにのめり込んでしまいそうな自分が怖いのだ。

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