TORAMARU | ナノ

20

「自由にしてろ、って言われてもね」
小さく息を吐き、お風呂で温まってポカポカになった体でリビングのラグに寝そべる。
だってソファないし。
殺風景な部屋なのだからソファくらい置けばいいのにと思いつつ、まあなんだかんだで居心地はいい。
ほんのちょっとだけ。
家主は只今入浴中だ。
私はボーッと天井を見つめながら少し前の事を思い返していた。


「っん、なっ、がい!長い!」
「ん、なんだよ」
「長過ぎっ」
「…いい感じだったのによ」
「何!?」
「何でもねえ」
「っ」
想定外に長いキスに色々限界だった私は大輝の背中をバシバシ叩いて頭を掴んで力一杯引き剥がした。
不服そうに顔を歪めた目の前の男は、もう一度素早く顔を近付けると短いキスを落とす。
チュッと鳴った音が恥ずかし過ぎて軽く拳を衝き出せば案の定簡単に受け止められた。
「報酬受け取り完了だな」
「……何それ」
「あ?なんか言ったか?」
「別に」
「あっそ。先風呂行けよ。ある物全部適当に使え」
そう言って私の背中を少し乱暴に押してお風呂に促す。
私は特に逆らうことなく素直に従った。
帰るって選択肢もあったのに選ばなかったのはそう、モヤモヤする心を洗い流したかったからだ。
そんな苦しい言い訳を理由に大輝の家に留まる私は、きっとどこかおかしくなっているのだと思う。


警察官のくせに。
報酬とか言って見返り求めるなんて不純!
そうやって助けた女の人とそういう事したりもしかしたらそれ以上の関係になったり…ひょっとしたら今だって私以外にも他に…
ていうかキス、長過ぎだけど…上手過ぎでしょ。
…やっぱ慣れてるんだきっと。
結局お風呂で綺麗さっぱり洗い流す事なんて出来なかったモヤモヤは逆に大きさを増していた。
青峰大輝という男が何を考えているのか全く分からない。
ぐだぐだと考えるのが嫌になって体を丸めて縮こまる。
暫くそうやっていると突然背後から声が上がった。
「風邪引くぞ」
「!」
「寝るならベッド行けよ」
「…そっちは?どうするの」
「寝る。疲れ過ぎて限界だ」
「寝るってどこに?」
「は?そんなんベッドに決まってんだろ」
「…ですよね」
「ごちゃごちゃ言ってねえで寝るぞ」
「っえ、ちょっと!引っ張るな!」
大輝は冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出すと私の腕を引いて寝室に向かった。
そして歩きながら水を流し込んで、部屋に着くなり私の腕を解放するとベッドに俯せに突っ伏してピクリとも動かなくなった。
うわ、電源切れた。
すぐに寝息が聞こえてきて思わず笑ってしまう。
本当に疲れてたんだなと思いながら部屋の灯りを消して、ゆっくりベッドに近付き腰を下ろした。
「…ねえ」
返事はない。
「……大輝」
半分だけ見えた寝顔がやけに幼い。
布団を掛けてやって自分も隣に横になる。
あー、腹立たしいけどやっぱり結構イケメンだ。
至近距離でじっくり顔を観察しながら、だんだんと騒ぎ出す自分の心臓を押さえた。
それを誤魔化すようにギュッと目を閉じて布団に潜り込み、訪れる気配のない眠気を無理矢理手繰り寄せた。


…寒い。
重い瞼を持ち上げると壁掛け時計が視界に入る。
嘘、まだ5時半とか私お婆ちゃんか。
エアコンが切れていたらしく稼働音も聞こえず部屋は静かだ。
でも寒いと感じたのは起き抜けの一瞬で、布団の中は二人分の体温で温まっていた。
背中を向けて寝息を立てる大輝に自分の背を預ける。
ぴたりとくっついた場所からお互いの熱が伝わり合ってまた温かさが増した。
ふとベッドサイドに置かれた卓上カレンダーに目が止まる。
2月のカレンダー右上、3月の所に赤丸で『異動』と書かれていて凝視してしまった。
異動、か…警察官に限らずそういうのはあるけど。
もうそんな時期なのか。
この人はどこに異動になるんだろう。
部署だけならいいけど地方に行ったり、なんて事もあり得るよね。
あちこち異動になるからこんな殺風景な部屋だったりするのかもしれない。
…居なくなっちゃうのかな。
…そしたら多分もう会えない。
「…あ」
純粋にすんなりと出て来たのは『寂しさ』を漂わせる言葉。
それが表すのはきっと、いや間違いなく…
「気になってる………って事」
妙に冷静な自分が滑稽だ。
背中合わせの体勢からぐるりと向きを変えて、大きな背中に寄り添い耳を押し当てる。
ゆっくりと刻まれる生きてる音が耳を通して体に響いた。
そのまま腕を伸ばしてしがみつけば、ピクリと体が動いて掠れた低音が脳に響く。
「んっ」
「…」
「ん…あ?」
「…まだ、6時前だよ」
「早え」
「うん」
「……なあ」
「ん?」
もぞもぞと動き体の向きを変えて私と向き合った大輝の目はトロンとしていてまだ眠そうだ。
じっと見つめ返していると熱い腕が私の体を引き寄せた。
「報酬じゃねえヤツ、していいか」
「報酬?そんなのした覚えないよ」
「…はあ?忘れたのかよ」
「忘れるか馬鹿」
「は?意味分かんねえ」
「…報酬でキスなんかする様な軽い女って思わないでくれます?」
「……何、お前」
「何」
「クソ可愛いんだけど」
「っ馬、鹿じゃないのっ」
「ああ、すげえ馬鹿になりそうだ」
「元からだし」
「ちょっと黙れよ」
「アンタの方こそうるさ、っ」
「ん」
寝起きのカサついた唇がぶつけられた。
顔を傾けぐいぐいと押し付けられるそれを受け止める。
そのうちに舌が唇を抉じ開け好き勝手に口内を動き回った。
苦しい。
昨日よりもずっと濃厚なそれに目眩すら覚えながら、それでも私は拒もうとは思わなかった。
ねえ、これはアンタにとっては報酬?
そんな言葉を飲み込んで私は溺れた。

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